夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 午前6時半。

 朝ごはんを食べ終えて、朝の日課の時間へ入った。リビングで黒崎と並んで座り、テーブルの上に、パソコン、資料が入ったファイル、法学の教科書、ノート、シャーペン、万年筆を並べた。

「黒崎さん。ここはどうなのかな?」
「経済か。ここはだな……」
「ああ、そういうことなんだ……」

 テレビが朝の情報番組に切り替わるタイミングで、星座占いのコーナーが始まった。12匹のトラが、スタートラインを切って走り始めた。

「あれ?ウサギじゃなくなっているね?」
「……番組の改編時期か」
「わああ……、おひつじ座が最下位かも~~。あ、やったー!」
「射手座が1位だ」
「よかったね。今日の仕事運、バッチリだってさ!」

 毎朝の星座占いを見るのが習慣だ。黒崎は占いを信じるタイプではなかったのに、モチベーションが上がるし、いい流れが生まれると言っている。

 占いの結果が分かったところで、7時を迎えた。そろそろ出勤の支度を始めるために、黒崎が寝室へ上がった。その間にテーブルの上を片づけて、黒崎が降りて来るのを待ち構えた。スーツの洋服ブラシを持って。

「……おまたせ」
「あ、カッコいいね~」

 黒崎がスーツに着替えて降りてきた。その素敵な姿に声が出た。着ているのは、俺が昨日選んだ組み合わせだ。今日は大事な取引先との会合があるそうだ。

「今朝のスケベじじいと、同一人物に見えないよ」
「そうか?頭の中はエロいことで詰まっているぞ」
「こらっ、ケツを撫でるなよ~。ブラシを使うよ?」
「ああ、頼む」

 ブラシを上着の背に当てた。とても使いやすくて、これで5代目だという。100%の馬毛から作られていて、静電気を除去する作用もある。携帯用を会社にも置いてあるぐらいだ。

 今日のスーツの色味は、紺とグレーが混ざった深い色だ。最近の黒崎は淡い色味が入った生地も似合うようになっているから、新しく作る時に勧めている。

「チェダーチーズ・アマトリチャーナだね。かっこよさが際立つよ」
「……イタリア料理の名前だぞ?」
「シャツはカルボナーラだね。すっきりした襟元だよ」
「……サルバトーレだ」
「ネクタイは……、ドルチェ?」
「……ドレイクだ」

 黒崎が笑い声を立てた。俺の言い間違いが楽しいらしい。洋服のことはよく分からないから、名前を覚えるのが大変だ。すると今度は、俺が着ているシャツの背に触った。

「これを選んで正解だった」
「うん、着やすいよ。早く着ろって言うから……」
「似合っている。今日は服のショップにも寄ろう」

 着ている服のほとんどが、黒崎が選んだものだ。大学へ通学するときの格好は、自分が選んだものを着ている。浅草で買ったパーカーと、トラの顔がプリントされたTシャツだ。大阪&浅草ミックスカジュアルという、俺のオリジナルだ。

「クローゼットが満杯なんだ。もう服は要らないよ。コートは3着もあるし、シャツだってあるし……」
「これからもっと、外へ出る機会が増える。色んな物を着て慣れておけ。……今日は大学まで迎えに行く」
「うん、りょーかい」

 今日は黒崎が早めに仕事を終える。有給休暇を取らないと、部下が取りづらいからだ。来週の誕生日も休暇を取ってある。仕事が落ち着いてきたようだ。これから年末に向けて多忙になるから、今のうちに休んでもらいたい。

 今日は日用品の買い出しに付き合ってもらう。年末に向けてのものが必要だから、今のうちに見ておきたい。そうしているうちに、7時半になった。もうすぐでタクシーが到着する頃だ。

「さて……」
「はい、キスをしてよ」
「色気がなさすぎる」
「朝の4時に襲い掛かってきた人が言うセリフじゃないよ」
「すまなかった。キスをさせてくれ」
「いいよーー?」

 いつも朝するキスは軽いものなのに、今しているキスは濃厚だ。腰まで撫でまわされたから、手をつねってやった。そして、黒崎の背中を押して玄関へ出た。
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