夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 観覧車乗り場の近くまで行った。ここにはカフェやレストランが入った大きな建物がある。どこに入ろうかと話し合い、軽いものでいいからと、カフェへ入った。そして、黒崎と向かい合わせで座り、温かいカフェオレを飲んでいる。

 あのまま乗り場に直行しようとしたら、黒崎から止められた。手が冷えているから体も冷たくなっているはずだと言い、何か飲もうと言われた。たしかにその通りで、足先も冷えていたから、何か飲みたいなとは思っていた。それでも、貴重な休みだから無駄にしたくなくて、先を急いでいた。それを見事に見破られた。

「観覧車は逃げない。ゆっくりしろ」
「だって。せっかくの休みだし」
「いつでも来られる」
「これじゃいつもと変わらないよ」
「いつもと同じでいい。ほら、来たぞ」
「え?他に頼んでないよ?」
「おまたせしましたー、蜂蜜パンケーキです」
「ありがとう」
「わあ……、いい匂いがするよ」

 運ばれてきたのは、甘い匂いが漂っているパンケーキだった。小さめのサイズが2枚重ねられていて、クリームとミントの葉が添えられている。小さな白いカップには、ハチミツが入っていた。朝ごはんを食べてきたのに、お腹が鳴った。

「今日は特別だ。甘いものだけで腹を満たしてもいいぞ」
「うんっ。いただきまーす。黒崎さんは珈琲だけ?あんみつがあるよ?今月バースデーの方には、スペシャルトッピング有りだってさー。どう?」
「お前が食いたのか?まずはそれだ」

 スイーツは別腹だけれど、先に食べるとご飯が入らない。今日は特別だというわけだ。

 濃い黄色の生地に、粉砂糖が少しかかっている。ハチミツをかけて、ナイフとフォークを入れた。しっとりした生地にバターが溶け込み、黄金色が混ざり合った。どんな味なのか楽しみだ。カフェオレの味が良いから期待している。溶け込むような生地を口に含むと、弾力を感じた後に溶けていった。

「うーん、なめらかだよ~。甘いのにスッキリしているよ」
「……そうか。生地はどうだ?」
「意外にしっかりしているよ。ハミチツが染み込んで、口に入れると同時に溶けていくんだ。甘すぎないから、どんどん食べられるよ」
「……なるほど」

 黒崎がメモを取った。黒崎ホールディングス時代は情報収集のために食べ歩きを習慣にしていたけれど、黒崎製菓に移った後は、滅多に見ない光景になっていた。

「情報収集を再開したの?」
「そうとおりだ。やっと落ち着いて軌道に乗った。スイーツに特化したカフェを計画している。シャルロットキッチンの2号店にする」
「美味しいから人気が出るよ。本社だけしかないのが勿体ないって思っていたし」
「そうか。そのハチミツはどうだった?」
「これもいいよ。香りが違うんだよ。表現が難しいけど……」
「今回の皿はシンプルだ。フルーツが無くてもいいのか?」
「これはシンプルなのがいいよ。この辺りって、趣向を凝らしたスイーツが多いからさ。こういう感じが、ホッとするんだよね」
「なるほど。この店のキッチン担当は……」

 黒崎が視線をめぐらせた。そして、近くを通りかかった、チーフというネームプレートを付けた店員さんへ声をかけた。

「……こちらの」
「……はい、そうです」
「……どちらのキッチンにと」
「……そうでしたか。メルティストアでパティシエをやっていました。……この店は系列です。本人が喜びます。呼びましょうか?」
「……いえ。お昼前で立て込んでいるでしょう。お礼を伝えて下さい。……さんですね。ありがとうございます」

 黒崎がパンケーキを焼いた人のことを、さらっと聞き出した。情報収集だ。こういう場面を、今までに何度も目にしている。必ず相手が嬉しそうな表情になる。黒崎は褒め上手だ。
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