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午前8時半。
黒崎製菓本社ビル前に到着した。今日から3日間、ここへ通う。ここまで電車で来た。さすがに黒崎やお義父さんと来るわけにはいかない。
コートを着たままロビーへ駆け込む人、しゃべりながら入る人、電話をしながら小走りの人が通り過ぎて行った。大学とは空気感が違う。ダラけた格好の人がいないし、表情もキリっとして見えた。
ロビーへ入り、受付カウンターの前へ行った。インターンシップ生のバッジを受け取るためだ。今回の参加者は80名だ。同じ目的の人で受付は混雑しているが、手際よく人が去って行き、自分の番になった。
「おはようございます。インターンシップ参加の方ですか?」
「はい。黒崎夏樹と申します」
「黒崎君、お久しぶりです」
「こんにちは」
受付の3人から笑顔を向けられた。前回の説明会で会った人たちだ。照れくさいが、今日は俯かずに笑顔を浮かべた。今日は『うつむき禁止』だ。黒崎との約束だ。
参加者用のバッジを受け取るまでの僅かな時間、受付周辺は混雑していた。たくさんの人が近くに立っていた。すると、エレベーターの前にいる人まで、全員がこっちを見ていることに気づいた。
「何かあるのかな?」
背後を振り返っても、特に変わった様子がない。受付の人にお礼を言って、エレベーターへと向かった。
(そっか。晴海さんのことを知っている人かも……)
ここで晴海さんが乱闘騒ぎを起こした結果、大勢の人が遠巻きにして俺達のことを見ていた。その晴海さんだが、先月の半ばに退院して、一人暮らしの自宅で過ごしている。何度かお見舞いに行くうちに気が合うことが分かり、ラインを送り合っている。今日インターンシップに参加することを知らせると、頑張ってこいという返事が返ってきていた。
俺達はもう忘れたこととは言え、あんな派手なやり取りをしたのだから、ここにいた人なら覚えているだろう。噂になるのも仕方がないことだ。悪いことをしていないから、堂々としていればいい。恥ずかしさを乗り越えようと思った。
(会場は8階か。エレベーターを使おう……)
歩き始めると、近くの人が笑いかけてくれた。それでも話しかけてくる人がいないから、どう接すればいいのか迷った。黒崎からのアドバイスを思い出して、控えめな笑顔を浮かべた。
(ううーっ、どうしたらいいんだよ。恥ずかしい……)
嫌味たらしい目を向けられたなら腹が立って顔を上げられるが、そうではない。好意的なものだと分かった。軽く手を振って来た人がいる。ここで俺は気がついた。動物園のゾウやシマウマは、こんな気分なのかと。注目を浴びたカンガルーのように、きょとんとして佇み、相手を眺める勇気が出ない。
「夏樹君よ」
「ほんとだ。今日からだもんね」
社員さん達が俺のことを見ている。そんな囁き声を出すぐらいなら声をかけてほしい。そう思って俯きかけて、慌てて顔を上げた。うつむき禁止だからだ。軽く会釈をすると、可愛いという声まで聞こえてきた。
(エレベーター、早く来ないかな?……まだ20階か。端っこに行こう……)
エレベーターの前へ行くと、自然と道を開けられた。ますます居たたまれなくなり、さっさと会場に入りたいと思った。するとその時だ。背後から声を掛けられた。
「インターンシップですか?」
「はいっ。あ……」
俺の声を掛けてきたのは早瀬さんだった。いつの間に来ていたのだろう?コートを着ていないし、ファイルを持っている。これから、どこかに行くのだろうか?
「早瀬さん。おはようございます」
「おはよう。受付に用があってね。一緒に行こう」
「はい」
エレベーターが到着した。先に待っていた人から順番を譲られた。早瀬さんから促されるままに、会釈しながら乗り込んだ。
黒崎製菓本社ビル前に到着した。今日から3日間、ここへ通う。ここまで電車で来た。さすがに黒崎やお義父さんと来るわけにはいかない。
コートを着たままロビーへ駆け込む人、しゃべりながら入る人、電話をしながら小走りの人が通り過ぎて行った。大学とは空気感が違う。ダラけた格好の人がいないし、表情もキリっとして見えた。
ロビーへ入り、受付カウンターの前へ行った。インターンシップ生のバッジを受け取るためだ。今回の参加者は80名だ。同じ目的の人で受付は混雑しているが、手際よく人が去って行き、自分の番になった。
「おはようございます。インターンシップ参加の方ですか?」
「はい。黒崎夏樹と申します」
「黒崎君、お久しぶりです」
「こんにちは」
受付の3人から笑顔を向けられた。前回の説明会で会った人たちだ。照れくさいが、今日は俯かずに笑顔を浮かべた。今日は『うつむき禁止』だ。黒崎との約束だ。
参加者用のバッジを受け取るまでの僅かな時間、受付周辺は混雑していた。たくさんの人が近くに立っていた。すると、エレベーターの前にいる人まで、全員がこっちを見ていることに気づいた。
「何かあるのかな?」
背後を振り返っても、特に変わった様子がない。受付の人にお礼を言って、エレベーターへと向かった。
(そっか。晴海さんのことを知っている人かも……)
ここで晴海さんが乱闘騒ぎを起こした結果、大勢の人が遠巻きにして俺達のことを見ていた。その晴海さんだが、先月の半ばに退院して、一人暮らしの自宅で過ごしている。何度かお見舞いに行くうちに気が合うことが分かり、ラインを送り合っている。今日インターンシップに参加することを知らせると、頑張ってこいという返事が返ってきていた。
俺達はもう忘れたこととは言え、あんな派手なやり取りをしたのだから、ここにいた人なら覚えているだろう。噂になるのも仕方がないことだ。悪いことをしていないから、堂々としていればいい。恥ずかしさを乗り越えようと思った。
(会場は8階か。エレベーターを使おう……)
歩き始めると、近くの人が笑いかけてくれた。それでも話しかけてくる人がいないから、どう接すればいいのか迷った。黒崎からのアドバイスを思い出して、控えめな笑顔を浮かべた。
(ううーっ、どうしたらいいんだよ。恥ずかしい……)
嫌味たらしい目を向けられたなら腹が立って顔を上げられるが、そうではない。好意的なものだと分かった。軽く手を振って来た人がいる。ここで俺は気がついた。動物園のゾウやシマウマは、こんな気分なのかと。注目を浴びたカンガルーのように、きょとんとして佇み、相手を眺める勇気が出ない。
「夏樹君よ」
「ほんとだ。今日からだもんね」
社員さん達が俺のことを見ている。そんな囁き声を出すぐらいなら声をかけてほしい。そう思って俯きかけて、慌てて顔を上げた。うつむき禁止だからだ。軽く会釈をすると、可愛いという声まで聞こえてきた。
(エレベーター、早く来ないかな?……まだ20階か。端っこに行こう……)
エレベーターの前へ行くと、自然と道を開けられた。ますます居たたまれなくなり、さっさと会場に入りたいと思った。するとその時だ。背後から声を掛けられた。
「インターンシップですか?」
「はいっ。あ……」
俺の声を掛けてきたのは早瀬さんだった。いつの間に来ていたのだろう?コートを着ていないし、ファイルを持っている。これから、どこかに行くのだろうか?
「早瀬さん。おはようございます」
「おはよう。受付に用があってね。一緒に行こう」
「はい」
エレベーターが到着した。先に待っていた人から順番を譲られた。早瀬さんから促されるままに、会釈しながら乗り込んだ。
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