夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 まだ拗ねている黒崎の肩に、ゆっくりと頬をすり寄せた。どうすれば元気になるだろう?ふと、スーツの内側に入っている紙を見つけた。淡いピンクや、クリーム色のものだ。スーツの内側に手を差し込むと、ガサガサと厚手の感触があった。何枚か入っている。

「いっぱい入っているよ?これは?」
「参加者から受け取ったものだ。3日間のお礼だそうだ」
「御礼状は出すだろ?手紙とかメールで」
「また後で届くだろう。見ても構わないぞ」

 黒崎が手紙を取り出した。それを受け取って見てみると、裏の差出人の名前は女の子だけだった。男の子がいないようだ。黒崎が平然としている。こういう反応も違和感がある。まるで見せびらかされたように感じた。

「いつ受け取ったんだよ?休憩中は見張ってたのに」
「お前がエントランスを出た直後からだ。一人になった時が渡しやすいだろう」
「開き直ってるね……」
「そうか?」
「黒崎さんっ」
「一人で帰るからだ」
「ガキみたいなことをするなよ」
「その通りだ。俺はガキだ」

 すっかり開き直っている。その手には乗らないつもりが、焦りと苛立ちを隠せなかった。黒崎から離れて、ずかずかとキッチンへ歩いて行った。

 温かいお茶を飲んで落ち着こう。さっき用意していた茶瓶を持ち、湯呑に注ぎ入れた。もちろん2人分を用意した。

「夏樹、こっちにおいで。すまなかった」
「そう思ってないだろ?笑っているじゃん」

 背後から腕が回された。首筋に熱い息がかかり、吸い付かれて舐められた。すぐに機嫌を直したくないから、黙ったままでいよう。黒崎が楽しんでいる。さらに、両手で体を撫で始めた。

「機嫌を直してくれ……」
「わざとだろ?」
「何のことだ?」
「ふん……」
「手強い子だ……」

 耳元で笑い声を立てられた。熱い息が首筋から鎖骨へかかり、ニットの中に手が入ってきて、わき腹を撫でた。今は手をつねらないようにしよう。

「俺のことを忘れるな。最優先しろ」
「最初からそうだってば……」
「それなら、俺の機嫌も取ってくれ」
「もう。分かったよ。降参するよ」
「証拠を見せてくれ」
「これならどう?クルクル回ってよ~」
「こっちへおいで」

 抱きついたままで移動した。15回転をしてもらう。お互いの体が離れないように、両腕に力を込め合った。

「始めるぞ。構わないか?」
「うんっ。スタンバイ完了だよ。わああー」

 ふわっと体が軽くなった。ゆっくりと回り始めて、片足ずつが浮き上がった。ここで我儘を言おう。わざとジャンプするようにして抱きついた。

「あと10回転だよ。お願いしまーす」
「もう12回転したぞ……」
「まだだよ~」
「はいはい……。大サービスだ」

 さらに体が宙に浮いた。10回転の追加をしてもらった後、ちゃんと仲直りができた。そして、同じ茶葉で淹れた、同じ温度になったお茶を飲んで、お疲れ様でしたと声を掛け合った。俺たちの夜はこれからだ。一休みした後、今夜のレストランへ出発した。
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