夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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8-1 大みそかの温泉旅行

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 12月31日、月曜日。12時。

 今日から1泊2日で、温泉旅行に出かける。大みそかの首都高速道路は混んでいた。昼間だからだと黒崎が言っていた。さっき、拓海さんが事故に巻き込まれた場所を通ったばかりだ。こうやって何気なく使えるようになって、良かったと思う。少しずつでも気持ちが落ち着いている証だし、本人もそう言っている。

 今日泊まる旅館は車で2時間という近場を選んだ。当初はペット宿泊OKのホテル段取りしていた。3人と一匹で楽しむつもりだった。しかし、お義父さんから俺達に邪魔になるからと気遣われた。そして、古い知り合いから紹介された旅館へ泊まりに行ってくれと頼まれた。頼まれてからもう2年が経ったそうで、さすがにそろそろ泊まりに行った方が良いだろう。その旅館に泊まることにした。そういうわけで、今日は二人きりだ。アンのことはお義父さんが見てくれている。

「久しぶりのドライブだね」
「そうだな。拓海兄さんの墓参りに行ったのが、一番の遠出だった。8カ月ぶりだ」
「もうそんなに?この間みたいに思っていたのに」
「成長した証拠だな。子供の頃は月日が経つのが遅い。年を取ると早いそうだ」
「ご近所の安岡さんが話していたよ。”この間”が3年前なんだって。”少し前”が10年前。”ずいぶん前”が、30年以上前だそうだよ」
「……親父がそれに近いことを言っていた」

 黒崎が笑い声を立てた。こうして車の中で話しながら出かけることが、珍しいことになった。毎日のように車に乗って、通勤通学をしていたというのに。

「4か月後には、20歳になるだろう?それでも子供のままだ」
「ふふん。あんたが言えることじゃないよ~」
「なんだと?」
「あんたもガキだもん。自覚がないわけ?」
「全くない」

 黒崎がそう言い切った後、頭を撫でてきた。こういう時の黒崎は大人の男だ。そういう人が不意に見せるギャップが堪らない。もちろん内緒だ。調子に乗るからだ。そう思えるようになった分だけ、成長したのかもしれない。

「……コンビニへ寄るか?」
「うん。飲み物を買って行こうよ。あ……、音楽番組が始まったよ。特番かな?」

 車内のモニター画面に出てきた出演者を観ていると、ベテルギウスのメンバーが登場した。そして、佐伯久弥の名前もテロップに出た。ディアドロップのメンバーとして出るときの名前は佐久弥だ。しかし、今回はソロ活動での出演だから、本名の佐伯久弥だという。佐久弥がベテルギウスのメンバーと笑い合っている。ディアドロップのメンバーとしてテレビに出ていたときは、ミステリアスな雰囲気で、あまりしゃべらない印象だった。しかし、本人は気さくな人柄だそうだ。

「ベテルギウスが出ているよ。佐久弥はソロ活動の分だって。……聡太郎君がコンテストで個人賞をもらった後、佐久弥と握手してもらったんだよ~」
「来月のコンテストにも、佐久弥さんは出るのか?」
「審査員で参加するそうだよ。悠人から聞いたんだ」
「あのステージを観られなくて残念だ。親父が動画を観たがっている」
「そうだったの?言ってくれればいいのに。頼んであるんだ。遠藤さんが撮ってくれて、編集待ちなんだよ」
「そうか」

 先々月、黒崎製菓主催のハロウィンイベントが開かれた。俺達は仮装をして参加する予定だった。しかし、お義父さんが体調を崩して3日間入院することになり、病院へ付き添っていた。そこで、俺と黒崎で仮装するために用意していた衣装を、早瀬さんと悠人に着てもらって、イベントに参加してもらった。

 イベントではアーティストのライブもやっていて、ベテルギウスと佐久弥のステージが披露された。そしてそのステージに、なんと、早瀬さんと悠人がそのギター演奏をして参加して、佐久弥ともコラボしたそうだ。

 佐久弥はとてもいい人で、早瀬さんと悠人と、佐久弥の恋人との4人でよく食事に行くようになったそうだ。佐久弥は早瀬さんの元恋人だ。5年前に大喧嘩をして別れている。しかし、今では早瀬さんとは友達になりつつあるのだと、悠人が言っていた。佐久弥の恋人は伊神蔵之介いがみくらのすけさんといって、早瀬さんと佐久弥の幼馴染みで、同級生だと聞いている。もちろん、蔵之介さんも、二人が友達になるのは大賛成だと言っているそうだ。そこで、悠人から聞いた話を思い出した。

「そうだ。佐久弥が期間限定のバンドを立ち上げるんだってさ。メンバーを募集しているところだって、悠人が言っていたんだ」
「そうか……。元気そうで良かった」

 黒崎が笑った。黒崎ホールディングスの時に、佐久弥と仕事をしたことがあると言っていた。その時は、佐久弥はサエキ酒造の営業担当さんで、黒崎と会ったことがあるらしい。聡太郎が会いたかったと言って、羨ましがっていた。

 すると、コンビニの看板が遠くの方に見えてきた。

「そこのコンビニで構わないか?もう少し先に、お気に入りがあるぞ?」
「ううん。たまにはこっちに行くよ」

 たしかお餅系のスイーツが出たばかりだ。俺が頷くと、車が右折して、コンビニの駐車場へと入って行った。
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