夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 お義父さんの仕事関係者や友達に紹介されるたびに、新しいことを教えてくれている。教育されていると感じていた。押しつけではなく、ごく自然な流れだ。お客さんが訪ねて来た時には、この家の”末っ子の夏樹”として会っている。

「今日ここに来てもらったのは、頼みがあってのことだ。黒崎製菓グループで働いてほしい。もちろん、音楽活動は続けてほしいし、その道へ進むことも応援する。……どんな形でもいいから、所属してほしい。圭一を助けてやってくれ。私があの子のピアニストとしての夢を奪った。ずいぶんと虫のいい話だと分かっているが、せめて味方を増やしてやりたい。……49歳の誕生日でグループから退くことは、本人から聞いている。その後の後継者を育てているところだが、現実問題として、一人では足りない」
「お義父さん……」

 いつもは名前で呼んでいるのに、自然とお義父さんと呼んだ。ここで改めて気づいたのは、この話を受ける心の整理がついたということだ。自分に何が出来るのかと戸惑いながらも、黒崎の力になると決めている。ここで新たに将来の選択をする時を迎えた。

「分かりました。俺も同じ気持ちです。よろしくお願いします」
「ありがとう」

 ただ短いやり取りだけで将来の選択をした。後戻りが出来る機会はいくらでもあった。そうしなかったのは、自分の意志だ。実家の父の弁護士や、田中先生のような教師を目指すのではなく、この道を選んだ。

「よし。決まりだ。ミュージシャン兼会社員というのがいいだろう。村山君はコンサルティング会社を経営している。今後の教師役として紹介した」
「よろしくね。大げさなものじゃない。たまに遊びに来るだけだ」
「はい。よろしくお願いします。……聞きたいことがあります。ミュージシャン兼という意味は、どういうものですか?バンドを続けていいということですか?」
「そうだよ。うちのグループだけに縛られることはない。いろんな経験をしてもらいたい。サポートをさせてもらう」
「はい!」

 しっかりと向き合って返事をした。黒崎には事後承諾だ。お義父さんに頼んだ内容は、”大喧嘩になるに違いないから、その時には逃げろ”というものだ。

 この空間で過ごしているのは、黒崎家の10番目の息子である”夏樹”だ。”9番目の息子である圭一”は秘書勤務から始めたが、俺の場合は違う方法を取るそうだ。まずは自宅で学び、お義父さんに連れられて必要な場所へ出かけることになると聞いた。そして、この部屋を出た後は、10番目の息子の”夏樹ちゃん”に戻る。一緒に美味しいものを食べに行き、観覧車に乗って遊ぶ。

 今の俺にできることがある。仕事から帰って来た後の黒崎の空腹を満たしておくことだ。少しは怒りがマシになるだろう。

 こうして話しているうちに夕方になった。晩ご飯のすき焼きを用意するために、我が家へと戻った。ドアを開けた時には、自分が2人いると思った。
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