夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 全員で部屋から出て受付ロビーへ向かうと、見慣れた2人が壁にもたれて話をしていた。黒崎が悠人のことを迎えに来た早瀬さんと合流した。俺達の方へ手を振っている。

 こうして遠くから見ると、対照的な2人だと思った。黒崎は微笑みながら静かに待っていて、早瀬さんが話しかけている。オフィスでは早瀨さんはクールな感じなのに、プライベートでは悠人のように賑やかになる。

「黒崎さーん。迎えに来てくれたんだね」
「……風邪を引くだろう。ちゃんと汗を拭いておけ」
「拭いてよ~」
「自分で拭け」
「うーー」

 素っ気なくハンカチを押し付けられた。唸っても汗を拭いてもらえないから、ぶつぶつ文句を言いながら自分で拭いた。すぐそばからは甘い空気が漂っているというのに。

「ゆうとくーん。汗をふかないと」
「裕理さん。背中が届かないんだ……」
「拭いてあげる。後ろを向いて」
「うん……、あ、そこは違うよ!」
「ん?ここは?」
「あ……っ、外だよ……」

 早瀨さんが向こうへ行こうと悠人に言いながら、壁にもたれてイチャつき始めている。こういう光景を見ても腹は立たないどころか、自分たちもそうしたいと思う。黒崎の方へ向くと、目を逸らされてしまった。その代わりに肩を抱かれて、強引に外へ連れていかれそうになった。悠人たちへ慌てて手を振った。

「じゃあね~、おつかれま」
「おつかれーー」
「悠人。服装のことを言うんだよ?」
「うん!裕理さん……」

 返事をしながらも、早瀬さんのことしか見えていないようだ。俺はそれを羨ましく思いながら、スタジオを後にした。

 賑やかな歩道に出ると、藤沢が停まっている車に乗り込んでいた。事務所からの迎えだ。これから食事に行くそうだ。聡太郎と並川さんが駅へ向かっている。それぞれの帰り道を眺めて、黒崎と言い合いをしながらタクシーに乗り込んだ。

 いつまでもバンドを続けたい。それが叶うだろうか?黒崎の手を握ると、何も言わずに握り返された。もっと歌いたいと呟くと、”もちろんそうしろ”と、短い言葉が返された。

 うん。元気よく返事をして、窓の外に浮かんでいる半月を眺めた。これから満ちていく月だ。パンケーキが食べたくなったと話しかけると、肩を揺らして笑われてしまった。安心したと言いながら。なんだか照れくさくなって足を蹴った結果、また言い合いになってしまった。
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