夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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11-7(夏樹視点)

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 15時。

 3時限目の授業を終えた。今日はこれで終わりだから、帰り支度をした。悠人は4時限目があるはずなのに、同じように支度をしている。

「あれ?次も授業じゃなかった?」
「俺も帰るんだ。裕理さんから、今日は帰って来いって連絡があったから」
「そっか。バタバタして出てきたもんね……」
「……実はさ、捕まった人が誰か分かったんだ」
「知ってる人だった?」
「うん。さっきの授業が始まる直前に、ニュースに名前が載っていたよ。えーっとね。だだだだ……!」
「……んん?大根の煮物のこと?」
「大丈夫か?ってこと。この記事だよ……」
「これか……。え……?」

 ニュースサイトの中に、現行犯逮捕という見出しを見つけた。この記事に出ている名前に聞き覚えがあり、背中が冷たくなった。悠人が黒崎製菓でバイトをした時に、嫌がらせをしてきた相手だったからだ。

(……16日の午後10時25分ごろ、丸の内線走行中の電車内で、帰宅中の女性会社員(28)が乗客の男に上半身を触られ、目撃した……警察隊員が男を取り押さえた。……迷惑防止条例違反、痴漢容疑で現行犯逮捕されたのは、白澤克也容疑者。……容疑を認めている。……8日、被害女性から相談があったため、同日は同隊員が女性と同乗していたという……)

「この人、本社から異動するって聞いたよ?」
「……うん。そう聞いて、ホッとしてたんだ。釈放されたら何をするか分からないから、しばらくは気をつけようって。帰ってから話し合うよ」
「それがいいね。示談交渉の結果で早めに出てくる可能性があるし。暴走している感じがするよ」
「わざわざクビになりそうなことをするのって、おかしいもん。出世競争を蹴落とされたって、恨んでいるみたいだし。裕理さんが……」
「……どうして?」
「白澤さんはマーケティング推進室の室長になりたかったんだって。結局は、今も別の人がポストに就いているし」
「早瀬さんのせいじゃないのに。そっか……」

 ふと、思い出したことがある。去年の4月に、黒崎製菓へお使いに行ったときのことだ。黒崎のことを、感じの悪い目で見ていた人たちがいた。一方的にライバル視をされていると、早瀬さんが教えてくれた。黒崎自身は意識していない分、イラつくということも。

(俺もその波に入っていくのか。ライバル視されない可能性の方が高いけど……)

 どこで働いても同じだと、黒崎や、お義父さんから聞かされた。そんな中にいて、自分を見失わないようにするのが大事だということも。

 タラッラッラッラ……。コートのポケットから着信音が鳴った。黒崎からだ。

「もしもし?」
「……今日は普段通りに帰る」 
「りょーかい。湯豆腐を用意しておくからね」
「……楽しみにしている」

 電話を切った後、今の自分に出来ることを思いついた。それは、美味しいご飯を作ることだ。悠人の背中をバシバシ叩いて、大学の門を出た。

 大学の門を出ると、目の前に最寄り駅がある。普段ならタクシーが停まっているのに、一台も停まっていなかった。

「悠人。一緒に呼ぶから待っててね」
「ありがとう。電車で平気なのにな……」

 電話を掛けようとすると、悠人の方から着信音が鳴った。何かあるかもしれないから、電話を掛けるのをやめた。

「……もしもし。夏樹も一緒だよ。分かった。平気だよー。じゃあね」

 電話を切った後、悠人が大きなため息をついた。早瀬さんからだという。大学にいる間に、通算5回も連絡があったそうだ。心配性のパートナーを持つと大変だ。その気持ちはよく分かる。

「まあまあ~。知っている人だったから動揺するじゃん。連絡を取ることで安心できるんだからさ」
「ふむふむ。そうだねーー」
「うん。そうだよ!」

 タクシーが到着するまでは、コンテストのことを話した。だんだんと悠人のファッションへと話題が移った。たまたま見つけたサイトで、悠人に似合いそうなものを見つけたことを思い出した。

「そうだ。こんなファッションはどうかな?」
「どんなものー?」
「あれー?どのページだったかな。あ、ラインが入っていたよ。黒崎さんから。……今回の件がニュースに出ている。平気か? 無理はするなだってさ」

 今回の事件は、昔の事件を連想させるものだ。あの時は心も体も傷ついた。決して忘れることは出来なくても、フラッシュバックは起きなくなった。万理も男性への恐怖心を克服しつつある。こうしてフォローを忘れない優しさに、胸が痛くなった。どんな言葉で返信しようか考えて、メッセージを打った。

「……ありがとう。大好きだよ。ご飯を作って待っているよ。……送信」

 こんなシンプルな内容しか思いつかない。ちょうどタクシーが到着した。お互いに乗り込んで、それぞれの家へ帰って行った。
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