夏椿の天使～あの日に出会った旋律

11-8

　16時半。
　
　今の俺には気晴らしが必要だと思っている。ちょうど天気がいいから庭に出て、全身のストレッチをやっている。ナツツバキの木の幹に両手をついて、上半身をメインで伸ばした。アンが足元で遊んでいて、たまに邪魔をしてくる。

「うーーん。うーー。いたた……。アン、手伝ってくれたの？ワンちゃんの手を借りたよ、ありがとう。うへへ、嫌味だよ～、伝わった、いたたたた、引っ張るなよ～。アンー、入るよー」

　ストレッチを終えて、両腕を空にかざした。夕焼け空が、だんだんと暗くなっていく。気温が下がり、冷たい風が吹き込んできて、地面の落ち葉がカサカサと転がった。俺はアンのモフモフした体を抱き上げて頬ずりをして、テラスから家の中へ入った。

　すると、テレビが付けっぱなしだったことに気づいた。人気戦隊モノシリーズの、月夜のレンジャーをやっていた。悠人が観ているだろう。

「……月夜のレンジャー！来週は……、愉快な魔法使いが登場するぞ！……」
「付けっぱなしにしてたんだー」

　アンの足を拭いて床に降ろした後、キッチンへ入った。まだ晩ご飯の支度をするには早いので、テレビを見ながらお茶を飲むことにした。

　カチャカチャ……。コーヒーメーカーで淹れたモカブレンドをマグカップへ注ぎ、トレーへ置いた。佳代子さんから貰ったマドレーヌを持ってきた。美味しそうだ。珈琲を飲んでためいきをついた。

　そこへ、ニュース番組が始まった。今日の見出しには芸能人の結婚や舞台の初日挨拶が出ている。アナウンサーが原稿を読み上げていった。

「……大手企業の会社員が、３度に渡る痴漢行為の容疑で逮捕されました……16日、午後10時25分ごろ、……迷惑防止条例違反容疑で現行犯逮捕されたのは、白澤克也容疑者、38歳。容疑を認めているということです……」

　すると、黒崎製菓の本社ビルのエントランスが出てきた。こんなにはっきり報道されるのか。会社名まで出さなくてもいいだろう？勤務中ではないと、あの記事には載っていたのに。さらに会社からの謝罪コメントが流れた。

「……黒崎製菓の会社員で……、当日は……。この度の社員の逮捕によって世間をお騒がせし、……心よりお詫び申し上げますと謝罪。慎重に対処してまいりますと……」

　このコメントを出したのは黒崎のかも知れない。大学の授業でレポート課題に取り組んだり、インターンに参加したりしているうちに、黒崎を取り巻いている環境を理解するようになった。

「取引先にも謝るんだろうな。この人が担当中の仕事があったはずだし。それは納得できるけど、どうしてみんなに謝っているんだよ。会社は悪いことをしていないじゃん。だから嫌いなんだ……」

　ここは営業企画部だ。取引先とのやり取りがあるはずだ。黒崎は会食が多いから大変だと思う。俺には村山さんからメールが届き、今回の対策の内容を簡潔にまとめるように課題が出た。

「アンー、キッチンへ行くからね」

　アンが付いてきた。自分にできることが分かった。いつもと変わらない我が家で、黒崎のことを迎えることだ。さっそく家事に取り掛かった。