夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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11-9(黒崎視点)

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 18時半。

 白澤の選任弁護士へ連絡が取れ、本人との仲介を依頼した。数日後には話ができるだろう。被害者へはお見舞いへ伺いたい旨、伝言を依頼した。

 今日は早めに帰宅できる。本社を出て帰りのタクシーへ乗り込んだ。後ろに停まっているタクシー2台には、早瀬と深川副社長が乗り込んでいる。疲れた顔をしているのはお互い様だ。白澤の勤務態度と健康状態、社内で起こしたトラブルの事情を聴かれる日々が始まる。

 会社の意向を本人へ伝える。弁護士を介しての話し合いだ。懲戒解雇決定だ。その後に争いを起こすのは目に見えている。表立ったものならいいのだが、陰湿なことをやりかねない。そういう人間だと決めつけた。忘れたころに何か起こすというのが、久田弁護士の読みだ。企業弁護士として長く経験があり、すべて的中してきた。

(悠人君は父親似だ。本人は気づいていないそうだが。おばあちゃんに育てられたからか?森井さんは……、どうなっているのか)

 こういう状況にあるが、昨日の件が頭によぎるのが止まらない。悠人がIKUから所属オファーを受けた。その件を母親の森井氏が知り、さっそく、IKUへ交渉事を持ち込んできたそうだ。自社の企画会社とのタイアップを提案してきた。まだプロとしてステージに上がっていないというのに。遠藤さんと親しくなったと知ったからでもあるだろう。

 息子が夢をつかむ第一歩を踏み出そうとしている。大きなチャンスだが、将来かかかっていることだ。一度は、母親として止めないのか?どうして利用しようとするのか。

 夏樹にも所属の声がかかっているが、俺の方で話を止めている。父も知っている。そして、その道へ進まそうとまでしている。黒崎製菓で学ばせ始めるというのに。自分には理解できない。

「圭一さん、お疲れ様です」
「おつかれ。さっさと帰ってやれ」
「ああ、そうするよ」

 早瀬から声をかけられた。彼から森井氏の話を聞いた。悠人は将来を自由に選べない夏樹に遠慮してIKUへの返事を待たせている状況であり、森井氏のことは頭に無いそうだ。自分の存在は視界に入っていないはずだと思っている以上、自然なことだ。しかし、現実としてそうならなかった。

 森井氏が経営するミユー企画は、業界では評判の悪い企業だ。彼女は夢を売っているキャラクターの生みの親だというのに。

 この件を久田氏と話し合い、悠人とIKUとの交渉の窓口になることが決まった。もちろん、早瀬がメインで対応する。穏やかな流れとして、本人を導くだろう。

 久田氏は悠人とぶつかり合った。久田氏は悠人の音楽活動を応援すると言ったそうだが、今回の話を聞き、一旦は反対したそうだ。ロクに家に帰らなかった自分が何も口出しする権利などないが、その自覚をした上だと、久田氏は言ったそうだ。今更父親面をするのは恥ずかしいとも言われたと聞いている。

 バタン。

 タクシーのドアが閉められて発進された後、車道へ出た。すっかり暗くなった空の下、ビルからの灯りが街を明るく染めている。座席に深くもたれ掛かり、夏樹からのラインを読んで笑い声がもれた。

「……ビール飲み放題。九条ネギの酢味噌和え、白菜とベーコンのお浸し、湯豆腐。肉料理もあるよ。……楽しみだ。……この先の角へ」
「……承知しました」

 我が家に帰宅する前に、予約しておいた洋菓子店に立ち寄る。夏樹が気に入っているマカロンを受け取るために。

 おそらく、元気な姿で迎えてくれるだろう。無理をしてないだろうか?早めにベッドに促して寝かせよう。今はこれしか思いつかない。
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