夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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12-7(黒崎視点)

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 18時。
 
 ホテルの部屋で話し合いを続けている。今後の生活のことを母へ持ち掛けているが、全く聞こうとしない。俺からの提案がこうだ。二葉と朝陽との3人で都内に引っ越してこいというものだ。しかし、母がスクールの責任者として、ここを離れられないと言っている。新しいスクールを立ち上げるために、すでに現場から離れていると聞いているのだが。

「あのなあ。まずは身の安全の確保だ。スクールには講師がいるだろう」
「……私が責任者だからよ」
「その責任者が何かあったらどうする?あんたはなあ、危機管理が甘すぎる」
「黒崎君!なんてことを言うの」

 沙耶から止められた。しかし、この際、現実を話しておく。命が関わっているかも知れない状況の中では、回りくどいことは言えない。

「都内でスクールを開くんだろう?経営者の気持ちがグラついて、どうする?講師に任せるぐらいの度量を持て。たしかに物理的な距離はあるが、連絡手段はいくらでもあるだろう」
「倉口を放っておけない。そういう理由もあるの……」
「何だと……」

 思わず言葉に詰まった。母の口から出たものは、暴力を振るってきた相手への心配だ。こうして息子を前にして、あの男を取るのかと苛立ちが起きた。俺達から母のことを奪っていった男だ。

「また息子を捨てるのか?」
「そうじゃないわ!」
「同じ意味だ。二度も捨てるな。あんたにもしものことがあれば、二葉と朝陽はどうするんだ?俺がいるとはいっても、母親がそういうことになれば影響がある。いいか?数の多い方を選べ。倉口さんか、俺たち3人か」
「圭一……」
「倉口さんを選ぶなら、二葉たちは俺の元に預かる。解決するまでは戻さないぞ」
「そんな……」
「それだけ危険なことをしている。すぐに別れろとは言わない。話し合うために、冷静になるための手段だ。沙耶、おまえもそう思うだろう?」
「……ええ。私も同じ意見です。医師からの診断書を取りました。今まで何があったのか、記録を取りましょう。都内で事務所を開く準備があるので、あちらでも対応できます。ここは安全を……」
「はい……」

 母の目には力が感じられない。これは迷っている証拠だ。こんな状態で連れて行っても、意志が揺らぐに決まっている。母の前に座り、同じ目線の高さになった。その目を見つめると、真っ赤に充血していた。これ程までに弱い人だったのか?少しは強くなれたと思っていた。再会した時は強がっていたのか?今は幸せだと言って泣いていたのに。

「まだ分かっていないだろう。あんたは自分勝手な人だ。誰を一番先に守るんだ?二葉と朝陽だろう。息子を置いて出て行ったことを悔やむなら、そういう面からやり直せ」
「……黒崎君、今はそういう言い方をしないで」
「言わせてもらう。甘い言葉は出さない。あんたのことが大事だからだ。分かってくれ」
「圭一……っ」
「泣くな。弱い人だな。俺が守るから、大船に乗ったつもりでいろ」

 母の体を抱きしめた。何も言わずに、沙耶が飛行機のチケットの手配を始めてくれた。こういう気分の時は、夏樹の顔が見たくなる。自分も弱い人間だと自覚した。
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