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もう少し冷やすよ。病院には行かなくていいからね。こういう短い会話を交わしながら、洗面所で手を洗っている夏樹の姿を眺めた。丁寧に手を冷やしている。
今、頭の中にあるのは、IKUへの返事の選び方だ。夏樹が佐久弥のバンドのボーカルに選ばれたのは、つい先日だ。IKUから夏樹より先に、俺に連絡をしてもらった。音楽活動という世界が加わった後、夏樹の心と体は、どう変化するだろう?まだ本人へ話をしていない。ディアドロップの件でバンドの準備の進行が止まり、6月には再開されるそうだ。バンドは10月末がデビューの計画で、変更なしだと聞いた。現時点では。
プロデューサーの高宮氏がこう言っていた。バンドは一年間の期間限定であり、新人がどれだけ成長するのかを見せる目的だそうだ。伸びしろの広さも選考理由だった。
中山の両親からは、夏樹の背中を押してやってくれと頼まれた。俺もそう決めていた。そして、あのバレンタインのイベントの件で考えを決めた。夏樹のことを応援すると。彼は生き生きとしていた。
高宮氏の方は、バンドが終わった後は、夏樹をPOPSのジャンルの歌手にさせたがっていた。夏樹の意思ではない。彼はロックバンドのボーカルが希望だ。俺は高宮氏との話し合いの場を持ち、その希望を伝えた。遠藤さんも同席していた。佐久弥は夏樹の自由にさせたいと言っていた。
そこで、ある人物に連絡を取った。佐久弥の恋人だという、ワタベ電機の伊神蔵之介氏へ。会食で会って以来、仕事上での付き合いが続いている。
(……黒崎製菓の黒崎と申します。お忙しいところをすみません)
(……お久しぶりです。伊神です。今日は?)
(佐伯久弥さんのことでお聞きしたい。夏樹のことを応援してくれています。こちらの方で何かできることはありませんか?)
(ライブに来てやってください。それだけです。本人からは話を聞いていませんが、久弥に近い存在として断言できます。久弥は信用できる男です。……ディアドロップでは、中性的な存在として振舞っていました。同じイメージを保つことを求められて、息苦しくなっている。それを脱ぎたがっています。だから夏樹君に自由に振る舞ってもらいたいんでしょう。久弥はソロ活動では素に近い姿ですが……)
(他の理由がありませんか?失礼ですが……)
(久弥は子時代のトラウマを抱えています。生みの母親からは、男の子として育てられていなかった。父親は止めていたそうです。それだけしか申し上げられません。いや、かなり踏み込んだ話でした。どうか協力してやってください)
(そうでしたか……)
昨夜のことだ。中山の義父から電話が入り、夏樹に音楽活動をさせてくれと頼まれた。俺の答え次第で夏樹は未来を決めてしまう。俺のことを優先してしまうからだ。
(決めた。遠藤さんへ返事をする。……夏樹?)
「黒崎さーん。そんなに心配しないでよ。大丈夫だよ。泣いてごめんね」
「そうか……」
「早く戻ろうよ!あのデザートの続きが食べたいからさ。何を笑っているんだよ?」
夏樹へ微笑み返すと、さっと顔を赤くして唇を尖らされた。この子の笑顔が見たい。もっとだ。あのステージを思い返して頷くと、キョトンとした顔をされた。この表情も見たかった。これでよかった。夏樹に聞こえないように、心の中で返事をした。
今、頭の中にあるのは、IKUへの返事の選び方だ。夏樹が佐久弥のバンドのボーカルに選ばれたのは、つい先日だ。IKUから夏樹より先に、俺に連絡をしてもらった。音楽活動という世界が加わった後、夏樹の心と体は、どう変化するだろう?まだ本人へ話をしていない。ディアドロップの件でバンドの準備の進行が止まり、6月には再開されるそうだ。バンドは10月末がデビューの計画で、変更なしだと聞いた。現時点では。
プロデューサーの高宮氏がこう言っていた。バンドは一年間の期間限定であり、新人がどれだけ成長するのかを見せる目的だそうだ。伸びしろの広さも選考理由だった。
中山の両親からは、夏樹の背中を押してやってくれと頼まれた。俺もそう決めていた。そして、あのバレンタインのイベントの件で考えを決めた。夏樹のことを応援すると。彼は生き生きとしていた。
高宮氏の方は、バンドが終わった後は、夏樹をPOPSのジャンルの歌手にさせたがっていた。夏樹の意思ではない。彼はロックバンドのボーカルが希望だ。俺は高宮氏との話し合いの場を持ち、その希望を伝えた。遠藤さんも同席していた。佐久弥は夏樹の自由にさせたいと言っていた。
そこで、ある人物に連絡を取った。佐久弥の恋人だという、ワタベ電機の伊神蔵之介氏へ。会食で会って以来、仕事上での付き合いが続いている。
(……黒崎製菓の黒崎と申します。お忙しいところをすみません)
(……お久しぶりです。伊神です。今日は?)
(佐伯久弥さんのことでお聞きしたい。夏樹のことを応援してくれています。こちらの方で何かできることはありませんか?)
(ライブに来てやってください。それだけです。本人からは話を聞いていませんが、久弥に近い存在として断言できます。久弥は信用できる男です。……ディアドロップでは、中性的な存在として振舞っていました。同じイメージを保つことを求められて、息苦しくなっている。それを脱ぎたがっています。だから夏樹君に自由に振る舞ってもらいたいんでしょう。久弥はソロ活動では素に近い姿ですが……)
(他の理由がありませんか?失礼ですが……)
(久弥は子時代のトラウマを抱えています。生みの母親からは、男の子として育てられていなかった。父親は止めていたそうです。それだけしか申し上げられません。いや、かなり踏み込んだ話でした。どうか協力してやってください)
(そうでしたか……)
昨夜のことだ。中山の義父から電話が入り、夏樹に音楽活動をさせてくれと頼まれた。俺の答え次第で夏樹は未来を決めてしまう。俺のことを優先してしまうからだ。
(決めた。遠藤さんへ返事をする。……夏樹?)
「黒崎さーん。そんなに心配しないでよ。大丈夫だよ。泣いてごめんね」
「そうか……」
「早く戻ろうよ!あのデザートの続きが食べたいからさ。何を笑っているんだよ?」
夏樹へ微笑み返すと、さっと顔を赤くして唇を尖らされた。この子の笑顔が見たい。もっとだ。あのステージを思い返して頷くと、キョトンとした顔をされた。この表情も見たかった。これでよかった。夏樹に聞こえないように、心の中で返事をした。
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