夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 この後、もう一つの衣装に着替えた。ロックバンドらしい服装だ。それを着たとき、まるで自分ではないように感じて、驚いた。よく似合っていると、スタイリストさんや佐久弥達から言われて、やっと自分なんだと実感した。デビューするのだと分かっているのに、現実味がない。悠人も同じだと言っていた。

 さっきまでの着物を着ていたときのメイクを落とし、新しいメイクを施された。その早業に驚いた。スタイリスト兼メイクさんはローザーさんという男性だ。日焼けをしていないから、化粧乗りがいいと褒めてくれた。

「へえーー。畑で家庭菜園をやっているの?それにしては焼けていないわねえ?」
「モデルをやっている友達から教えてもらった日焼け止めを使っているんです。ランクールっていうんですけど」
「ああ、ランクールね!あれ、焼けないわよねえ?モデルさんの名前って、教えてもらえない?」
「藤沢修輔です」
「知っているわ。ジュエリーブランドのモデルに選ばれた子でしょう。実は、私、スタッフで入るの」
「そうだったんですね。あ、仙頭さん。俺、笑った方がいいですか?」

 仙頭さんがニコニコしながらカメラを向けてきた。俺が笑った方が良いときは、仙頭さんも笑う。いつの間にか覚えたことだ。そして、また自分に驚いた。俺は初めて会う人と話すのが苦手だったのに、ローザーさんとは自然に話せていることを。成長したのだと実感した。仕事だという意識もあるに違いない。

(黒崎さん、やったーー。俺、また成長したかも……)

 今すぐ黒崎に報告したい。ほんの少しだけ黒崎のいる方向へ向くと、早瀨さんと話し込んでいた。しかし、俺からの視線に気がついて、笑顔を返してくれた。早瀨さんもだ。

 そうしているうちにメイクが仕上がり、カメラの前に立った。何パターンか仙頭さんに撮って貰い、この日はこれで終了となった。お疲れ様という声がスタジオ内に響き渡り、急に肩が凝り始めた。緊張していたのだろう。

「いたたたた……」
「夏樹君。大丈夫?」
「あ、ローザーさん。ホッとしたら、急に肩が凝ってきたんです」
「揉んであげる。アイスコーヒーをどうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
「はい。座ってーーー」

 ローザーさんから肩を揉んでもらいながら、アイスコーヒーを飲むという贅沢をさせてもらった。すると、悠人と佐久弥がそばに来てくれた。衣装を着替えて、メイクも落としている。俺はこれから落とす。

「なつきーー。肩が凝ったの?」
「うん。急になんだ……」
「腕をぶらぶらさせるのも肩凝りに良いぞ。家に帰った後、やってみろ」
「うん。2人とも、かっこよかったよ!」
「夏樹も格好いいよ。お疲れ様!」
「お疲れ様」

 悠人が俺の右肩を揉んだ。そして、佐久弥が左肩を揉んでくれた。お互いにお疲れ様でしたと言い合いながら。そういう俺達のことを、仙頭さんがカメラに収めてくれた。こうして1日が過ぎていった。
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