夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 佐久弥は子供の頃、生みのお母さんから女の子の服を着せられていたそうだ。お母さんがお父さんと離婚して出て行くまでだった。その後、小学三年生の時にお父さんが再婚し、もう女の子の服を着せられることは無くなったし、元気に外で遊んでこいと、今のお母さんから言われたそうだ。自由になったと佐久弥が言っていった。

 今回のプロジェクトの目的の一つに、佐久弥がありのままの姿になるということがある。イメージの脱却だけではなく、昔のトラウマも関わっていると感じた。それを解消するなら自分も同じだ。カメラ嫌いを克服して、人前に出ていくことを選んだ。気がつくと、悠人から手を繋がれていた。

「なつきー。今回は仕事と夢のコラボって考えようよ。悪い意味で注目はされないんだよ?」
「うん……」
「……夏樹。また俯いているぞ。PVもステージだろう?」
「……え?」
「20歳の誕生日を思い出せ」

 いつの間にか黒崎がそばに居た。軽く顎を持ち上げられた。こうして俯く悪い癖を直してもらっている。黒崎が笑っている。そして、誕生日のことを思い出せと言われた。テーマパークで乗った、トロッコ電車での出来事だ。

「ウサギーとトラッコが歩いているのを見て、乗客が手を振っただろう。お前はそれを見て、これもステージと同じだと笑っていたぞ。みんなで作り上げている。……PVも同じことだ。距離があるかないかだけの差だ」
「そっかー。同じ映像を観て、ステージに立っているんだね」

 すーっと腑に落ちる感覚が起きた。佐久弥や悠人が笑って頷いていた。そして、理久が言った。

「あのさーー。お兄ちゃんって、ディアドロップのイメージから脱却したいって言う割にはねーーー」
「りくーー、何かあったか?」
「あったじゃん」

 理久がキッチンからやって来た。甘酒づくりの準備をしてくれていた。そして、弟から見た佐久弥のイメージとエピソードを話したことで、しんと静まり返った。そして、一斉に笑いが起きた。ディアドロップでのイメージを嫌がっていたくせに、理久から似合うと言われて、ディアドロップのイメージの綺麗な色のショールを羽織って散歩に出かけたことがあるそうだ。

「りくー。あれはお前への嫌がらだぞ」
「俺は本気で似合うって言ったんだよ?お兄ちゃんも本気だよね?ショールを羽織ってラジオ体操の集まりに出かけたもん」
「朝は寒いからだ。ちょうどいい。あれぐらいが……」
「ほらねーー?夏樹君、悠人君。こういう人なんだ!ディアドロップのイメージも悪くないって思っているはずなんだ。いろいろ気にしなくていいからね」
「それを言うなら圭一さんも……」
「俺がどうかしたのか?」

 さらに早瀬さんが言い出したことでも笑いが起こった。黒崎のことをイジっている内容で、理久と悠人が驚いている。それは失礼だろう?と。

「こういうことだよ。圭一さんが赤い着物を羽織って登場したら恐怖だろう?」
「うんうん……」
「悠人みたいなエクステを付けると?どうなると思う?」
「ひいいいっ」
「ディアドロップ時の佐久弥みたいになると?恐ろしいだろう?妖艶なのか魔物なのか分からないよ」
「ぎゃはははーっ」
「……おい。言い過ぎだ」
「早瀬さん。もっと例えを聞かせてよ~」
「他にはね……」
「あのなあ……」

 黒崎が珍しく身を任せていた。眉間に皺を寄せながらも。みんなの笑い声が落ち着いた頃、悠人がピアノを弾きたいと言い出した。今の状態ではやめておくべきだ。しかし、早瀬さんも止めているのに譲らなくて、黒崎の演奏を聴くだけにしようと言い聞かせて、ピアノの前に連れて行った。
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