夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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30-1 それぞれの新しい道

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 9月30日、月曜日。午前9時。

 明日はベテルギウスの楽曲を演奏したアルバム発売が開始される。悠人と俺がコンビを組んで参加している。0時から配信開始だ。

 黒崎が二葉と倉口さんと会わせると決めてから3週間が経った。一昨日の土曜日に、2人が飛行機で出発した。今日の午後には戻ってくる。自分が住んでいた家から、アルバムなどの持ってきたいものがあるはずだ。友達にも会いたいだろう。そういうわけで、兄妹での2泊3日のお出かけをしている。

 いくら兄貴とはいえ、男性との2人旅だ。遠慮がありそうだと心配したが、気づかい無用だと、二葉から言われた。外見も中身も似ているから、兄貴のことは男には見えないと言った。いくら妹からでも、黒崎にとっては、女性から否定されたことは初めてのようだ。

「……お兄ちゃんは男に見えないから平気よ。目の前で着替えも出来そうだもん。……なんだって?……言葉のとおりよ。……まだこれでも。……へえー。女性から声をかけられているの?お世辞だと思う。前は知らないけど。……そうか。ヒョーーーーッ。ひゃひゃひゃ~っ。バッサリやられてた……」

 思い出す度に笑っている。これで何度目だろう?大笑いをしているうちに、9時になっていた。そろそろIKUの車が迎えが来る。デビュー前の安全性の確保のためで、通学やバンド練習のスタジオに送迎してもらっている。そして、黒崎が留守の間は、お義父さんの家で泊まっている。

 黒崎との約束以外でも、IKU側から外出を控えるように指示されている。薬物関係の繋がりや、異性からのトラップ的なものを避けるために。早めに繋がっておけば利益があるからと、デビュー間近の人が狙われるようだ。ただし、念のため用心しようねというレベルだ。

 あの打ち上げテージを思い出した。プレス向けのお披露目も兼ねていたことを知ったのは、先週の月曜日だった。聞かされていなくて正解だ。嬉しいことに、評判が良かった。

 もうすぐでIKUの送迎車が到着する。お義父さんがリビングにいるから、ここから大きく手を振った。今日は昼前から会議があるから、朝早くから資料を読んでいる。

 バタバタした日常を過ごしている。ぼんやりしているのは、アンとの散歩の時間ぐらいだ。庭で遊ばせている間、花壇のひまわりを眺めて日向ぼっこをしている。そういう時間を増やしてほしい。いくら本人が元気だと言い張っても、とっさに姿勢を立て直せないときがあるのを知っている。疲れているだろう。そう黒崎から声を掛けられている。 

「隆さーん!行ってくるよー」
「まちなさい。門まで送って行く」
「いいよ。支度があるだろ?」
「わたしも出るところだ」
「ありがとう。アン、いい子にしていろよー?山崎さんのいうことを聞くんだよ。機嫌がいいね?俺がいないからノビノビできるのか~。リンゴとさつまいもを用意したのに。うっうっ」

 玄関を出て小道を歩いて行くと、大きな車が停まっていた。窓から悠人が手を振っている。お義父さんが手を振り返した。孫のように思っているみたいだ。可愛いなあと、自然に呟いている。

「お父さーん!おはようございます!」
「おはよう。とうとうだね。ベテルギウスのアルバムが配信開始だ」
「はい!なつきー、こっちから乗るんだよ」
「あれー?ドアがないねー?」
「そこにはないよー、ここだよー」
「あったあった……」

 ワゴン車に乗る機会がないから分からなかった。どうも自分は外のことに疎いようで、恥ずかしい場面が増えている。車の種類を知らないし、行きたい場所の方角も覚えていない。スーパーと園芸ショップ、書店ぐらいしか出かけないから当たり前のか?それすら、黒崎の付き添いがある。

 がーーー。

 お義父さんに手を振りながら、車の揺れに身をまかせた。窓から悠人が顔を出している。まるで遊びに行くかのようだ。

 それでいいのよ。長谷部さんから声をかけられて驚いた。もうそろそろ挨拶週間を終えて、リラックスしましょうねと言って、笑っていた。まずは一つのハードルを越えられたのだと分かり、胸がいっぱいになった。黒崎が帰って来た時には、たくさんの報告したいことができそうだ。
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