夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 13時半。

 ラウンジで過ごしている家に、いつの間にか時間が経っていた。うたた寝をしていたようだ。オフィスや夏樹からの連絡が入っていないかと、着信を確認するのは習慣になっている。

 二葉からの着信が入っていた。背中に冷たいものが走った。着信は50分前だった。何か起きたのだろうか。

「……お客様にお知らせいたします……5843便につきましては……」

 ラウンジから出た。賑わいを見せているフロアが向こうの方にある。この辺りはまだ静かな方だ。その手前の方で見慣れた姿を見つけた。自分によく似た子だ。傍らには紙ぶくろとスーツケースを置いてある。いつの間に着いていたのだろう。

「お兄ちゃん。寝ていたの?よく眠れた?着いた時に電話したのよ。出なかったから夏樹君に聞いたの。たぶんラウンジでねているからって。ここで待ってたのよ」
「……もっと時間があるだろう。ゆっくりしてくれば……」
「一時間で切り上げてきた。そのかわり、お父さんに送って来てもらったの。それまで話せたから……」
「倉口さんは帰ったのか?」
「うん。ここまま帰るって……」
「そうか……」
「お兄ちゃん……どうした……のよっ」
「……」

 二葉が嗚咽を漏らしたが、気の利いた言葉が出てこない。こんな時ぐらいは出てきてもいいだろう?さらに、二葉の両目から涙が流れた。ハンカチを持っていない。二葉も持っていなかった。

 拓海兄さんのことを思い出した。今と似たような光景があった。あれはいつだったか。悔し泣きをした日だ。たしかこうしてくれたはずだ。着ているシャツの裾をまくり上げた。それを二葉の顔に当ててふき取った。最初は驚いていたか、すぐに静かになり、小さな背中に手を回した。搭乗時間までこうしていよう。夏樹の大泣きで慣れている。

「シャツの裾で拭かないでよ……」
「ハンカチぐらい持っておけ」
「男女差別よ……っ」
「そういう意味じゃない。社会人としてのマナーだ。俺はプライベートだからかまわない」
「強引な言い分だね……」
「ごめんな。お兄ちゃんは、こういうやり方しか出来ない」
「十分だよ……。お兄ちゃん、俺……、ううん、わたしが……」
「もう少しここにいる」

 何を言いかけたのだろう。聞き返さずに二葉の身体を抱きしめた。やっと、兄貴らしいことが出来たのだろうか。今度は泣き笑いをしている。強情で意地っ張りな性格だ。

「向こうのロビーで話そうよ。ベテルギウス楽曲、もう配信が始まっているのよ。さっき聴いたわ」
「今夜の0時だろう?」
「先行版が配信されているの。なんと、夏樹君と悠人君か演奏した楽曲なの」
「そうか……」
「かっこいい!さすがね」
「そうか……」

 たいした相槌が打てないのは普段通りだ。こんな自分のことを好きだと言ってくれる子が待つ家へ帰ろう。二葉の荷物を持ってやり、出発ロビーに向かった。
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