夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 ベテルギウス楽曲の紹介欄に、IRON ANGELのことが載っていることを教えてくれた。高揚した気持ちで、ページを再読み込みした。

 最初に目に飛び込んできたのが、1月のバンドコンテストで撮った写真だ。あれから9ヶ月が経ったのかと、懐かしい気持ちになった。IRON ANGELの写真を使ってもらえるなんて知らなかった。

「ゆうとー、このまま待っていてね。……10月1日発売、ベテルギウス・カバーアルバム。20人のアーティストが参加。……№3 Visible ray 10月30日デビューを迎える、ボーカルのNatsuki、ギタリストのyu-to。IRON ANGEL活動中に……っ」
「どうーー?見てるーー?」
「なんだよ。悠人の方こそ半泣きじゃん。佐久弥から誘われたよね。俺も一緒に……」
「うん。考えてよ!待っているから……っ」

 まだデビュー前だというのに、佐久弥から、一年後のバンド活動の誘いを受けた。その時のバンド名を、Dear Dropsにしたいことも。ディアドロップの表記に、”S”を付ける。親愛なる雫という意味だ。

 佐久弥がデビューする時のバンド名は、”アンディープ”にする予定だった。早瀬さんと一緒にやっていたバンドの名前だ。それを、ディアドロップに変更した。早瀬さんが名付け親だ。でも2人が別れた後だった。

「……なつきー。裕理さんから聞いた話を伝えるよ。黒崎さんには話してあるそうだよ。今日まで内緒にしてもらったんだって。ディアドロップの名前の由来のことだよ」
「どんな話?誰かにあてたものかな?」
「そうだよ。裕理さんと佐久弥がプロデビューのオファーを受けた時、もう一人も誘われたんだ……」

 悠人から嗚咽が聞こえなくなった。そして、しっかりした口調で話してくれた。そのメンバーとは、ベーシストの"SHIZUKU"という人だ。プロの道を選んだ一か月後に、事故で亡くなったそうだ。

「……49日の法要の時に、お寺の木に朝露が残っていて、植本さんが雫だって言ったそうだんだ。それで、早瀬さんが、バンド名を親愛なる雫で、ディアドロップにしたらどうかって言ったそうなんだよ。裕理さんからの笑い話なんだけど、SHIZUKUさんって、面白い人だったみたい。名前の字が、静と久で静久しずくなんだけど、性格は真逆だったそうだよーー。凄く賑やかで、佐久弥が怒っていたレベルだって。……‥静かって名前のくせに。久しぶりに静かになってくれ!ってさ。……佐久弥の家に遊びにきたら、理久のことをイジっていたんだって。こんな話も聞いたよ……」

 発明好きな理久を見て、静久さんはこう言ったそうだ。理久君と同じタイプに会ったことがない。またとない、ユニークな君のことが好きだ。そう言葉をかけられた理久が喜び、すぐに懐いたそうだ。

 さらに悠人の話を聞いて、佐久弥から伝えられた話がよく分かった。小さい頃の理久は深く考えるタイプであり、とても慎重な子だった。それに気づいた静久さんが、理久にこう言った。そこまで深く考えるなと。そして、佐久弥がバンド名としてつけた。Not deepと。

「……それでねー。静久さんから、”もっとディープだと?久弥君、どうしたんだ?”ってイジられた。それを理久のいる前で言ったから、君の場合は深く考えろって、佐久弥が怒った。……‥それで、裕理さんが、”undeep”って名付けたんだってさーー。……でも、理久は深く考えていないふりをしているよね?」
「うん。佐久弥から電話があったんだ。理久が脱却するって宣言したそうだよ。俺たちも頑張ろうね」
「うん。頑張ろうねー」
「黒崎さんのお土産話を聞いてもらいたい。明日、うちにおいでよ。……うん。じゃあね。お休み」
「ばいばい。また明日ね。行くときに電話するよ!」

 ばいばい、また明日ね。電話するよ。これは悠人からの魔法の呪文だ。誰でも使えて相手が喜ぶものだと言い、早瀬さんが教えてくれたそうだ。俺もそう思う。

 ディアドロップの名前の由来が聞けて良かった。そばにいる黒崎は知っていたそうだ。なんで黙っていたんだよ?そういう文句を飲み込んだ後、胸の上にのしかかってやった。

「黒崎さーん。また明日ね~~。名前の由来を黙っていたなんて、もう口をきかないよ」
「日付が変わったばかりだぞ」
「そうだよ~。おやすみなさい」
「おやすみ。お前は天真爛漫になっておけ。愛している」
「……朝起きたら口をきくよ。……うん」
「起こしてやるから寝坊しろ」

 まるでゆりかごの中で眠っているかのようだ。温かい体が心地いい。背中を優しく撫でる力も。

 10月1日。新しい道が開かれた。ドアはノック済みだ。開いてある。そのドアを開いて、第一歩を踏み出して、外に出たんだ。
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