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ママは一度グラスを置き、わざとらしく咳払いをした。月島さんの意思を、最後にもう一度だけ確かめるため。そして、この場の空気を切り替えるためでもあるのだろう。
俺はそっと高野さんの肩に手を置き、ここはママに任せましょうと小声で伝えた。高野さんは一瞬戸惑ったものの、やがて観念したように息をつき、何かあったらフォローしますと言ってくれた。R&W社にとって、キシヤマ味噌は大切な取引先だ。これからの関係を考えれば、何があっても守る。その言葉には、会社への強い忠誠心がにじんでいた。
「じゃあ、ここからは“大人向け”の話になるわね」
ママはもう一度、軽く咳払いをした。高野さんが何か言いかけたが、誰もそれを引き止めなかった。止めたところで、ママの語りが止まるはずもない。
「月島さんはね、男性で、男性が好き。これはもう周知の事実よね」
「……ああ」
月島さんは淡々と頷いた。照れも否定もない。その落ち着いた態度が、かえって場を静かにさせる。
「それで好みは一貫してるの。可愛い系の男の子。目がくりっとしてて、ちょっと頼りなさそうで、守ってあげたくなるタイプ」
「……それ、よく言われる」
「最近はユリウスさんみたいな、たくましい人に惹かれてるみたいだけど、性格はやっぱり可愛い系よね」
「ああ。彼は貴族的な見た目でね。タチだと聞いている。でも、僕はタチになりたい」
「そうでしょうね。なかなか出会えないタイプだもの。月島君、狩場を間違えないのよ」
“狩場”という言い方に、俺は内心でひやりとした。不特定多数の男たちが集まり、互いを値踏みするような空間。46号会館の銭湯の光景が、頭に浮かぶ。
「男性同士が出会うバーとか、そういう場所ね。最初から目的が一致してるから話が早い。デートして、ご飯を食べて、お酒を飲んで、そのまま……。一夜限りってことも多かったわ」
さらりと言うが、コメント欄は明らかに沸いていた。羽音さんが、そんなに?と、目を輝かせる。
「多いわよ。月島君、かっこいいけど真面目そうで、地味な印象もあるでしょう?でも、ああいう場での雰囲気がえげつないの」
「えげつないは言い過ぎだな」
「いいえ。色気がじわじわ来るタイプ。逃げ場がないの。一夜で終わった人もいれば、何度か会った人もいる。ちゃんと付き合った人もいたわ。3年くらい。年下で、可愛い系ど真ん中。でも、別れた」
「……ああ」
「理由はね、尽くしすぎ。生活もお金も心も」
「それは……」
「相手がダメになる典型よ。既婚者だって隠してた男、恋人が3人いた男、別れ話の最中に次の相手を紹介してきた男もいた」
「……ママ」
「事実でしょ?」
月島さんは否定しなかった。クリスマスイブの夜、バーに集まり、過去をさらされる。その空気を、月島さんは静かに受け止めている。彼がいい男で、店の客からも好意の視線を向けられているからこそ、ママもここまで語れるのだろう。モテる者の過去は、時に武勇伝になる。
「中にはね、体だけが目的で、連絡先も偽名の男もいた」
「それは違うな。一度会った人の顔と名前は忘れないって、最初に伝えている」
「あったじゃない。ケンジって名乗ってたのに、後でシンヤだった子」
「……怒らなかったよ」
「そう。笑って終わらせるの」
「怒るのは、疲れるから」
その一言で、店内が静まり返った。どこかしんみりとした空気が流れる。ここにいる客の多くも、同じように裏切られてきたのかもしれない。奥の席から、分かるよという声が小さく届いた。ママは満足そうに頷き、カメラに向かって続ける。
「えげつない遍歴って言ったけどね。月島君は、自分を削りながら恋をしてきた人なの」
月島さんはグラスを回しながら、静かに言った。
「一夜だけでも、続いた関係でも……、全部、自分で選んだ」
ママはその言葉を聞いて、深く頷いた。
「そう。だからこそ、語る価値があるのよ」
俺はスマホを握りしめたまま、月島さんを見つめた。軽く聞こえる話の裏にある、確かな重み。裏切られても恋をやめない。出会いを求めることをやめない。男同士が互いを値踏みするような空気の中で、それでも人を好きになる。それが、月島さんという人なのだと言えよう。
俺はそっと高野さんの肩に手を置き、ここはママに任せましょうと小声で伝えた。高野さんは一瞬戸惑ったものの、やがて観念したように息をつき、何かあったらフォローしますと言ってくれた。R&W社にとって、キシヤマ味噌は大切な取引先だ。これからの関係を考えれば、何があっても守る。その言葉には、会社への強い忠誠心がにじんでいた。
「じゃあ、ここからは“大人向け”の話になるわね」
ママはもう一度、軽く咳払いをした。高野さんが何か言いかけたが、誰もそれを引き止めなかった。止めたところで、ママの語りが止まるはずもない。
「月島さんはね、男性で、男性が好き。これはもう周知の事実よね」
「……ああ」
月島さんは淡々と頷いた。照れも否定もない。その落ち着いた態度が、かえって場を静かにさせる。
「それで好みは一貫してるの。可愛い系の男の子。目がくりっとしてて、ちょっと頼りなさそうで、守ってあげたくなるタイプ」
「……それ、よく言われる」
「最近はユリウスさんみたいな、たくましい人に惹かれてるみたいだけど、性格はやっぱり可愛い系よね」
「ああ。彼は貴族的な見た目でね。タチだと聞いている。でも、僕はタチになりたい」
「そうでしょうね。なかなか出会えないタイプだもの。月島君、狩場を間違えないのよ」
“狩場”という言い方に、俺は内心でひやりとした。不特定多数の男たちが集まり、互いを値踏みするような空間。46号会館の銭湯の光景が、頭に浮かぶ。
「男性同士が出会うバーとか、そういう場所ね。最初から目的が一致してるから話が早い。デートして、ご飯を食べて、お酒を飲んで、そのまま……。一夜限りってことも多かったわ」
さらりと言うが、コメント欄は明らかに沸いていた。羽音さんが、そんなに?と、目を輝かせる。
「多いわよ。月島君、かっこいいけど真面目そうで、地味な印象もあるでしょう?でも、ああいう場での雰囲気がえげつないの」
「えげつないは言い過ぎだな」
「いいえ。色気がじわじわ来るタイプ。逃げ場がないの。一夜で終わった人もいれば、何度か会った人もいる。ちゃんと付き合った人もいたわ。3年くらい。年下で、可愛い系ど真ん中。でも、別れた」
「……ああ」
「理由はね、尽くしすぎ。生活もお金も心も」
「それは……」
「相手がダメになる典型よ。既婚者だって隠してた男、恋人が3人いた男、別れ話の最中に次の相手を紹介してきた男もいた」
「……ママ」
「事実でしょ?」
月島さんは否定しなかった。クリスマスイブの夜、バーに集まり、過去をさらされる。その空気を、月島さんは静かに受け止めている。彼がいい男で、店の客からも好意の視線を向けられているからこそ、ママもここまで語れるのだろう。モテる者の過去は、時に武勇伝になる。
「中にはね、体だけが目的で、連絡先も偽名の男もいた」
「それは違うな。一度会った人の顔と名前は忘れないって、最初に伝えている」
「あったじゃない。ケンジって名乗ってたのに、後でシンヤだった子」
「……怒らなかったよ」
「そう。笑って終わらせるの」
「怒るのは、疲れるから」
その一言で、店内が静まり返った。どこかしんみりとした空気が流れる。ここにいる客の多くも、同じように裏切られてきたのかもしれない。奥の席から、分かるよという声が小さく届いた。ママは満足そうに頷き、カメラに向かって続ける。
「えげつない遍歴って言ったけどね。月島君は、自分を削りながら恋をしてきた人なの」
月島さんはグラスを回しながら、静かに言った。
「一夜だけでも、続いた関係でも……、全部、自分で選んだ」
ママはその言葉を聞いて、深く頷いた。
「そう。だからこそ、語る価値があるのよ」
俺はスマホを握りしめたまま、月島さんを見つめた。軽く聞こえる話の裏にある、確かな重み。裏切られても恋をやめない。出会いを求めることをやめない。男同士が互いを値踏みするような空気の中で、それでも人を好きになる。それが、月島さんという人なのだと言えよう。
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