海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 パタパタ……。

 リビングやキッチンに早瀬の姿がない。ということは、まだお風呂だろうか?とっくに出ている頃なのに、おかしいと思った。ふと、祖母のことを思い出して、背中がヒヤッとした。

 小学4年生の時のことだ。祖母が出て来るのが遅くて様子を見に行ったら、洗面所で倒れていた。すぐに両親に電話したが、仕事中で連絡が取れなかった。そこで隣のおばさんに知らせて、助けてもらった。救急車の呼び方は学校で習っていたが、とっさに思いつかなかった。

「裕理さーん?裕理さーん!」

 何もなければいい。急いで洗面所に行くと、早瀬が壁にもたれて立っていた。気分が悪いのだろう。すぐに駆け寄った。

「裕理さん!座ってて!大丈夫!?」
「……悠人?どうした?」
「大丈夫?」
「元気だよ?泣くな。夢でも見たのか?」
「あ……」

 どうしよう?早とちりしてしまった。早瀬は普段と変わらない様子だ。しかも、涙ぐんでいるなんて、カッコ悪すぎる。ここはタオルで拭いて、誤魔化すしかないだろう。早瀬が肩に掛けているタオルで顔を拭いた。そして、見上げて言った。

「鼻水が目に入って、痛かったんだよ!」
「ははは……」
「あああ……」

 どうしよう?これでは、勘違いが確定したのも同然だ。そそっかしさを直す努力中でも、とっさに出てきてしまった。きまりが悪くて立ち去りたいのに、頭を撫でられて微笑まれてしまい、逃げ出せなくなった。

「心配して来てくれたのか?裕理さーんって呼ばれた時に、返事をしたぞ?」
「そうだったんだ?慌てていて、聞こえなかったんだ……」
「……正解か。ははは」
「あああ……」

 どうしよう?ドツボにハマりっばなしだ。穴があれば入りたいとは、このことだろう。いっそのこと、ドツボにハマったままがいいか?いや、抜け出したい。

「どうしよう?隠れるところがない」
「……悠人?」
「わわわっ。口に出した!ひいいいっ」
「……笑わせるな。腹が痛い」
「笑わないでよーっ。いい子マンは気づかないふりをしろよ!」
「……無理だ。はははは」

 わざと笑い飛ばされている。ここまで豪快な笑い声なら、どうでもよくなった。早瀬のTシャツを両手で掴んで揺さぶった。しかし、どこを吹く風だ。笑いながら顔を近づけてきた。恥ずかしさと苛立ちで頭がいっぱいだから、キスをされたことに気づかなかった。

 それをどう解釈したのだろう?壁に身体を押し付けられて、さらに深いものへと変わっていった。もう抵抗する気がなくて、両腕を下げたままでいた。

 長いキスが終わった後、ボーっとして見つめた。指先が目尻をたどり、すくい取られるようにされた。濡れているから、自分が泣いているのだと知った。早瀬が苦笑している。

「泣き止まないな。ここは寒かったね」
「平気だよ……」
「風邪をぶり返したら俺のせいだ。さあ、行こうか」
「歩けるよ……」
「……はいはい。どっこいしょ」
「わわわっ、うぇ……」
「泣きながらビックリするのか。ある意味、器用だぞ」
「からかうな……」

 抱き上げられたから、大人しくした。そして、素早く寝室へ運ばれてベッドに寝かされた。そばに腰かけた早瀬に頭を撫でられながら、優しく話しかけられた。

「俺はどこにも行かないぞ?考え事をしていただけだ」
「分かってる」
「君の方が、どこかに行っているだろう。迷子になるし、転がっているし。視界に入らなくなると焦る」
「転がってない……、ことない……」
「はははーー」

 また笑い飛ばされたことで、気まずさが消え失せた。早瀬の身体にすがりついて、膝の上に頭を乗せた。なんだか懐かしい気持ちになった。ここで思い切って要望を口にした。

「裕理さん。やってほしいことがあるんだ」
「何でもいいよ」
「耳かきをしてほしい」
「ははは。いいよ……」
「やっぱりいい!そんなに笑ってたら……、手元が危ないから」
「やってあげる。綿棒がいいだろう。取って来る」

 ポンポンと頭を叩いた後、ベッドから立ち上り寝室を出て行った。彼の包容力に救われながらも、意地悪さは消えないから、騙されている気がする。どっちも当てはまるし、好きだと思った。
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