海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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17-4(悠人視点)

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 午前9時半。

 夏樹と買い物に出かけるため、待ち合わせの駅に到着した。マリーズカフェ前が合流場所だ。夏樹が来るまで店で待っている。珈琲を飲むことにした。

 ガラス壁沿いの席に腰かけた。バニラフレーバー珈琲を飲んでいると、夏樹からラインが入った。

「ふむふむ。タクシーに乗ったところか。15分で到着予定。飲み終わった頃だなあ」

 夏樹は大学への通学以外は、タクシーを使っている。黒崎さんからの、お願いという名の言いつけだ。

 いくつか入っているラインの中には、欲しい人からのものがない。早瀬のことだ。

「裕理さん。怒ってるだろうなあ……。ちゃんと顔を見て謝りたい」

 今朝の自分の言いようはヒドイものだ。昇進を祝う日だというのに。そんな朝から喧嘩を吹っかけてしまった。せめて次の日にすればいいものを。

 電話をかけると迷惑だろう。忙しいのは分かっている。ラインでは謝りたくない。こういうことは顔を見て謝りたいからだ。悪いことをした、それだけでも伝えたい。それだと謝ることになる。やっぱり会ってからだ。

 はあ……。店に入ってから、5度目のため息をついた。何度スクロールしようとも、早瀬からのメッセージは入らない。ただでさえ先月からの一か月間は、一方通行のラインを送っている。こんな時はまず入らないだろう。

 俺のことが心配だといい、大学到着後、昼ごはんの時、大学を出る前、帰宅後に連絡をさせられている。既読にはなるが、返事はこない。たまに返信が入ると、嬉しくてたまらない。さらに電話をくれる時もある。昼ご飯のたびに、着信音のことを気にしている。逃したくないからだ。同じ家に帰るというのに、みっともない話だ。

 早瀬から追いかけられている時は、うっとおしいとまで思っていた。限定メニュー、ビュッフェ、ライブ情報、楽譜、ギター弾き放題の特典をチラつかされて、気がつけば捕獲されていた。当時と今を比較して言うと、こういうことだ。同じ大学の女の子から教えてもらった。

「釣った魚にエサをやらない、か……。ビーフシチュー、食べたいな……。だめだだめだ。こういうことを考えたら……」

 口で否定しながらも、頭の中には回転木馬が存在している。クルクルと回っているのは、不安というものだ。

 今どこにいるの?
 何をしているの?
 誰かと会っているの?

 浮気をしない人なのに、被害妄想を抱きがちだ。ここまで心の狭い男だったのか。恋愛をしたことがないから知らなかった。

 はあ……。これで6度目のため息だ。自分の頭の中では、早瀬は笑っている。哀しそうな顔など存在しない。それだけ早瀬は、気持ちを押し殺していたように思える。

 まるで自分と同じだ。部屋のすみっこで、膝を抱えて座っている子供だ。あの部屋のドアを開けると、きっとそういう早瀬が居るのだろう。

「何が出来るかな?味噌汁づくり、玉子焼き。肩たたき。だめだだめだー。こんなのじゃ癒やせないよ。夏樹に料理を習おうかな?でもなあ、忙しい子だもんなあ」

 自分と比べると雲泥の差がある。勉強、ディベートの強さ、家事、料理、何でもこなせる子だ。出来るまで頑張っている。それに引き換え自分は何だろう?

 珈琲を飲んで、テーブルに突っ伏した。今の自分にできるのは、これだけだ。

「はあ……。7度目のため息だ……」
「……7度目?どうしたの?」
「え?なつき……?」

 そばから声をかけられて驚いて顔を上げた。しかしそこには夏樹の姿はなく、見知らぬ男が立っていた。年齢で言うと、20代後半といったところか。早瀬よりも若く見える。こういう時には相手にせずにいることだ。

 しかし、夏樹だと勘違いして反応してしまった。相手の男が隣に腰かけてしまった。これは早瀬から叱られるパターンのひとつだ。警戒心を持てと言われている。声をかけられても、容易く反応するなというものだ。見事に破ってしまった。

「……最近、ここに来なくなったね?」
「初めてです」
「……そうだっけ?朝の8時ごろにいるだろ?」
「いえ、使っていません」
「……人違いか。大学生だよね?」
「あなたには……」

 あなたには関係ない。それを言って断ってもいいのは、わりと話す様になった相手のみだ。初対面で使うと、余計なトラブルになると教えてもらった。ここでは使えないから黙った。それをどう解釈したのか、さらに距離が近づいた。

「……じつは、綺麗な子だなと思って見ていたんだよ。ホームへ降りた時から……」
「あああ……」

 席を立ったところで解決しない。夏樹が到着すれば助けてもらえるが、かっこ悪い。
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