海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 俺には人生の分岐点があった。5年前に加入していたロックバンドが、メジャーデビューの誘いを受けたことがある。同じバントには、幼なじみ兼恋人である佐伯久弥《さえきひさや》がいた。彼は今、ギタリストの佐久弥さくやとして活動している。その当時、俺は会社員かミュージシャンか、ふたつの道の選択を迫られた結果、今の会社員の道を選んだ。そのことだけではないが、佐久弥とは大喧嘩になり、別れて別々の道を歩むことになった。

 就職した黒崎ホールディングスでは、黒崎の秘書をやっていた。5年前当時の黒崎ホールディングスは黒崎製菓の子会社だったが、独立した。社長である黒崎は多忙を極めていた。彼の秘書になったのは、それが理由だ。家から出ようとする彼を応援したいからだった。そして、今年の3月に黒崎製菓と合併し、その流れで、黒崎製菓に入社した。

 黒崎としては、俺が秘書になったことで多忙になり、佐久弥と別れて、しかもプロのミュージシャンの道を諦めたと思っているようだが、それが全てではない。自信が無かったからだ。

 だからこそ、悠人の気持ちが理解できた。彼は弁護士になるように父親から求められている。その久田達弘氏は、黒崎製菓グループの顧問弁護士を務めている人だ。総合法律事務所も経営している。いずれは自分の跡を継いでもらいたいと言われているそうだ。

 悠人は親の顔色を気にして育ち、委縮していた。しかし、ギターと出会い、それに打ち込むことで、自分らしさを見つけたと言っていた。その気持ちも理解が出来る。

 俺と同じようにはなってほしくない。やりたいことをやってほしい。俺が父親との防波堤になる。俺がサポートすればいい。そう決めた。それだけ、悠人のことは真剣に考えている。

「そろそろ悠人を起こす時間だな。ん?これは……」

 さっきの電話で喉が渇いてしまった。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、ダイニングの椅子に腰かけた。すると、テーブルの上に、二つ折りになった紙が置かれていることに気づいた。それを広げると、悠人の書いたものだと分かった。とても綺麗な字で書かれている。

(……裕理さんへ。いつも優しくしてくれて、ありがとうございます。大好きです。素直に伝えられなくて、ごめんなさい……)

「悠人……」

 昨日、悠人に贈り物をしたからだろう。しかし、その後で俺がエロい発言をしたから喧嘩になった。だから手紙を書いてくれたのだろう。これを読んだ後、温かい気持ちになった。悠人からの気持ちは伝わっている。素直になれなくてウジウジしているのは、出会った頃から変化がない。それでも、父親からの縛りが解け始め、自然な表情をするようになった。

「可愛いなあ。今の道を選んで正解だ。神様はいい人だ……」

 悠人と出会ったことで、そう思うようになった。それだけ愛おしい存在だ。手紙を二つ折りして、仕事で使っているカバンに入れた。自分にとっての原動力になるはずだからだ。自然と微笑みが浮かんできた。そして、悠人のことを起こしに行った。
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