海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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6-1 バンド練習

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 8月5日、日曜日。13時。

 今日は音楽スタジオ『BAND TOP』にて、バンドの練習をやっているところだ。土日やっている。コンテストまで約2週間を残し、ペースアップした。早瀬が練習に付き合ってくれたから、全体のまとまりが良くなった。

 ミライ・アマチュアバンドコンテストは、ベテランでないと出場できない。応募した段階で選考がある。始めて半年も経っていない俺達のバンドが出られるのは、並川さんと桜木さんがいるからだ。上位入賞バンドは、大きな大会への出場資格が得られる。優勝したバンドはデビューすることが多い。 

 今、早瀬が藤沢にギターを教えている。藤沢は何でもすぐに出来るタイプで、難しいことも出来るようになった。凄いと思う。

「6弦だけじゃなくて……、他の弦に変えても練習になるよ」
「はい。タラララッ、タラララッ」
「そう、そうだ。弦移動するときにピッキング、ハンマリングを続けて。そうー、そうだ……」
「はい、きゅうけいー!」
「そろそろ夏樹が来る頃だよ」
「今日はボーカルレッスンだったねー」
「よかったよ。夏樹が元気になって……」

 夏樹の怪我は良くなった。それに、ボーカルレッスンに通い始めて、声の出方が良くなり、ずっと仕上がりがいい。すると、ドアが開く音がした。夏樹と黒崎さんが到着した。そして、今日の差し入れをテーブルに置いた。

「こんにちはー!」
「夏樹、おつかれ!」
「お待たせ~」
「サンドイッチ、ポテト、お饅頭だ!」
「こら、悠人君」
「だって……」
「お礼が先だろう?」

 早瀬からTシャツの首根っこを掴まれた。まだお礼を言っていないからだった。こうして教えてくれている。差し入れを名残惜しく見つめていると、夏樹がドーナツの封を開けてくれた。それをつまんで口の中に放り込んだ。

「うんっ、美味しいよ。ありがとう」
「さっきも何か食べていただろう?」
「別腹だよーー。んんん?」
「ごちそうさま」
「裕理さん!」
「最近、大人しいからだよ」
「もうっ」

 早瀬から頬にキスをされて、彼の体をバシバシ叩いてやった。それでも笑っているから悔しくなり、さっさと練習を始めることにした。

 メンバー全員がポジションを取った。俺たちの前には早瀬と黒崎さんがいる。耳が良い2人だから、わずかなズレも聞こえている。感想を聞いて調整しながら練習を重ねている。

 まずはハードロックの曲を演奏する。ドラム音が鳴り響き、ベースを鳴らした。桜木さんのギターフレーズが合図となり、演奏のスタートだ。激しいリズムに変化した後、夏樹の高音が響き渡った。

「差し伸べてくれた手がー、すれ違いのーー」

 ヴォーカルとベースのリズムを合わせることが大事だ。何度も確認し合って、ズレそうな場所では、向かい合うことにした。サビの手前の部分だ。

「歪む視界ーー吐くため息ーー」

 ベースの音に耳を澄ませているのが分かる。向かい合ってリズムを取り続けた。ギターやドラムのソロが目立つように。ボーカルの引き際を、伸ばしすぎないように。音程を合わせること。それらが、ボーカルレッスンで習ったことだと聞いた。どんどん上手になっていくから、自分も負けていられない。

「同じ空をみてーー、angel ofーー」

 ギターソロに差し掛かり、一気に最後まで駆け抜けた。ドラム、ベース、ギターが鳴り響いて演奏が終わった。夏樹とは息が合い、一切のリズムのズレを起こさない。まさか自分がと驚いたことがあるが、これは現実のことだ。自信につながり、いっそう上達したそうだ。

「おつかれー!」
「3分間の休憩だよ!」

 メンバーが水を飲んで椅子に座った。夏樹が大きく呼吸をしながら、床の上に寝転がった。4分間とはいえ、エネルギーを大量消費する。背中側のTシャツが汗で濡れている。

「今までで、一番良かったよ。ベースとリズムが合ってた!」
「そう?よかったーー」

 夏樹が寝転がって水を飲もうとしたが、すぐに起き上がって座り直した。そして、両足を軽く伸ばして、綺麗な姿勢を保ち始めた。ダラダラせずに、居ずまいも正し始めた。ここまでしなくてもいいだろう。

「夏樹、こんな時でも行儀がいいね?」
「黒崎さんがウルサイからだよ」
「ふむふむ」

 夏樹から、黒崎さんが家の中ではどんな人なのかを聞いている。頑固で石頭、分からず屋だという。食べ方や外での話し方などに口うるさいそうで、細かいと思う。俺の父のようだ。しかし、黒崎さんは優しいから、嫌な言い方はしないだろう。愛情を持った形のはずだ。

「あのねえ、こんなことがあったんだよ~」

 夏樹が愚痴を言い始めた。ふっくらした唇を思い切り尖らせているから、イケメンが台無しだ。

「黒崎さんはねえ。……こうスプーンを持て。この魚はここからだ。こっちは……、そう。もう少し口を開けろ、開け過ぎだ。すぐに閉じろって指示してくるんだ。しかもさあ、ソフトクリームをスプーンで食べさせられるんだよ?コーンだよ?カップじゃないんだよ?」
「ふむふむ。嫌じゃないの?」
「でもね、役に立っているんだよ。いざというときに、慌てなくて済むんだよ。恥ずかしい思いをしなくていいし」
「そっか。物は取りようだね……」

 これが考え方の違いだ。俺がそう言われたら真っ向から拒否するが、夏樹にとってはそうではない。何でも試す子だ。それに、良いと思ったことは続けるタイプだ。黒崎さんと気が合うのだろう。
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