海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 カタカタ……。

 担架が運び込まれてきた。すると、床に落ちたうちわを、スタッフが気が付かずに踏んづけてしまった。夏樹は痛みに呻いているから拾えないだろう。すぐに駆け寄って拾い上げた。それを早瀬がタオルで拭いて、綺麗にした後、お互いに顔を見合わせて笑った。

 ガタガタ。

 控え室に戻った後、早瀬と2人で散歩に出てきた。ワゴンが通り過ぎていくのを見ながら、コンテストが終わっていく寂しさを感じた。

 ステージを降りた後、夏樹が救護室へと連れて行かれた。心臓の雑音がある以外は異常なしと言われたそうだ。頭に出来たタンコブは、冷やせば良くなる。大事には至らずに済んだ。

 外は暑いから、建物の中にいる。自動販売機が並んだスペースへ行った。

「はい、お疲れ様」
「ありがとうーー」

 冷たい缶コーヒーを受け取った。さっきも水を飲んだのに、喉が渇いている。早瀬が並んで腰かけてきた。自然に顔を見合わせて笑った。

「今日のステージ、一番良かったよ。遠藤さん達が驚いていたよ。結成して半年も経っていないのに息が合っているって」
「わああーー、めっちゃ嬉しい。え?んん?」

 缶コーヒーを取られて、テーブルの上に置かれた。何だろう?そう思っていると、抱き寄せられてキスをされた。

「ゆうとくーん?抵抗しないのか?」
「今はしない……。こうしたかったし」
「こんな事もしていいのか?」
「ん、あの……」
「本当に汗をかかない子だな。わき腹もサラサラだ。こっちはどうかなー?」
「待ってよ……」
「待たない……」

 その声は掠れていて、体が震えた。こういう時の早瀬は厄介だ思う。抵抗が出来なくなるからだ。甘くて色気があって、すごく強引になる。

「ゆうりさ……ん」
「君のことを見て騒ぐ奴らが多くて腹が立ったよ。指輪をつけてくれ」
「やだよ……」

 指を握り込まれて口に含まれて、優しく舐められた。そして、左手の薬指に軽く噛みつかれた。

「噛みつくなよーー」
「指輪の代わりだ。早くつけよう」
「まだ恥ずかしいよ」
「俺のものなのに?」
「そうだけど……、あ……っ」

 どうしよう。あっさり肯定してしまった。早瀬が笑って茶化すだろうと期待していると、反対の反応が返って来てしまった。さらに抱き寄せられて、深いキスを受け止めた。呼吸ごと奪われそうだ。

「売約済みだと教えたい。買いに行こう」
「やだよ……」
「噛みつくよ」

 左手を取られて指先に唇で触れられた。いつもこんな風に言うことを聞かされているから、悔しくなった。物は試しに交換条件を口にした。

「欲しいものがあるんだけど……」
「どんなものだ?」
「先に答えてほしい。YESかNO、どちらかだ」
「YES……」

 躊躇させるつもりだったのに。そんなに簡単に答えてどうするのか?ますます悔しくなった。これでは、尻に敷く日が遠ざかるばかりだ。

 頭の中で欲しいものを思い浮かべた。簡単に手に入らないものがいい。そんなことを考えていると、笑い声が聞こえてきた。

「どんなものでもいいよ。言ってごらん」
「すごく高い物だったら、どうするわけ?」
「君は言わないはずだ」
「う……っ」

 言い当てられて言葉に詰まった。さらに誘うように唇が頬に触れた後、至近距離で見つめ合った。

「タイムオーバーだ。思い浮かんだら、いつでも教えてほしい。さあ、行こうか」
「ええ?」
「もうすぐ集合時間になる。入賞バンドの呼び出しがあるよ」
「そっか……」

 もうこんな時間なのかと驚いだだけなのに、別の意味に勘違いをされてしまった。耳元で笑い声が立った後、軽く噛みつかれたからだ。

「ひいいいいっ」
「耳が痛いよ……。反撃されたか」

 早瀬が笑いながら、俺のことを引っ張って、立ち上がった。集合場所へ向かう間、ずっと手を繋いでいた。まるで周りに見せつけるかのように腕を振っていたから、恥ずかしくて堪らなかった。
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