海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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9-1 怪我の看病

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 9月18日、火曜日。19時。

 今日は早瀬が会社で怪我をしたから、明後日まで大学を休んで看病することにした。いつも世話を焼かれているから、こんな時ぐらいは役に立ちたい。

 近所の店で、サンドイッチやサラダと惣菜類を買ってきた。早瀬も一緒に行った。迷子になるといけないからと、怪我人に付き添われてしまった。それをダイニングテーブルへ並べている間、早瀬にはテレビを見てもらっている。いつもとは逆のパターンだ。

「ゆうりさーん、出来たよ」
「はーい!」
「お水なら持って行くよ。座っていてよーー」
「じっとしていられない性分なんだ」
「たしかにそうだね……」

 早瀬は自分が面倒くさがりだという。それにしてはマメだと思う。段取りもいいし、無駄がない。だから秘書が務まったのだろう。今もこうして、グラスを片手で用意している。

「グラスだけは運ぶよ」
「ありがとう」

 カタ……。ドレッシングを取そうと、冷蔵庫を開いた。ドア側には置いていなくて、一番上の棚にある。冷えすぎると美味しくないそうだ。温度差があるだろうか?まあいいや。そう思いながら取り出そうとして、うまくいかなかった。

「しまった……っ」

 容器に触れたのに、奥に押し込んでしまった。俺の身長は170センチだ。大して困ったことがなかったのに、背の高い早瀬と暮らしていると、届かないものが出てきてしまった。2人で暮らしている証だから嬉しい。

「あああ……」
「ゆうとくーん?取ろうか?」
「台があるから平気だよ。座っていてよ」
「台はないよ?」
「あるんだよ」

 キッチンに置いたあった木箱を、冷蔵庫の前に置いた。早瀬が取り寄せした物で、ワインが入っていた。これなら踏み台になるだろう。

「怪我をするからやめなさい」
「だって……」
「こういう時は遠慮をするな」
「ごめんね……」 

 ゴト‥。容器が取り出された。気を取り直してキッチンへ行こうすると、早瀬の肩に当たって、鼻をぶつけてしまった。

「いててっ」
「見ていて飽きないよ」
「げえええっ」
「可愛い、可愛い」
「ひいいいいっ」

 頬に生暖かい感触が連続して起きた。しかも、反対側も同じように起きた。思い切り舐められてしまったようだ。

「さっきのは痛くない?」
「痛くないよ」
「よかったーー」
「ははは。帰って来るのが楽しい。仕事も頑張れる」
「あ……」

 どうしよう。めちゃくちゃ嬉しい発言をされた。気の利いた言葉を返したいのに、顔しか赤くならない。素直にお礼だけを口にした。

「ありがとう!俺も楽しいよ」
「本当にそう?」

 早瀬が真面目な顔になり、無言になったから心配になった。俺はお世辞など言わないのに。そもそも苦手だ。

「あの……なんで……」
「悠人、抱きしめてもいいか?」
「あの……」
「我慢できない」
「げえええっ」

 早瀬の声が掠れていたから、胸の鼓動が跳ねあがった。ベッドにいるときの声に似てる。キッチンなのに。

「安静にしないと駄目だよーー」
「君は可愛らしすぎる。どこに生息していたんだ?早く見つけたかった」
「俺は外来生物じゃないよ」

 こんなやり取りをしてどうする?ご飯を食べてお風呂に入り、ベッドで休んでもらいたいのに。ここは俺が大人になるべきだ。

「舐めるよって、ラインで宣言しただろう」
「そうだけど……。本当にやるなよ」
「大学到着後に忘れていた罰だ。もっとさせろ」
「やめろって……あ、やばい」

 いつもの癖で、抵抗しそうになった。今はそんなことは出来ないのに。だから大人しく早瀬から頬を舐められた。そして、風呂に入ろうと誘われて、頷いた。
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