海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 夏樹に相談すると、黒崎さんも似たような面があると話していた。そういう時は、普段の姿になるまで放置をしているそうだ。たまに頃合いを見計らって、書斎へお茶の差し入れをしていると聞いた。そこで、俺はまだタイミングが見計らえないと愚痴を溢すと、それは仕方がないと言われた。夏樹もそうだったという。だんだんと分かってくるそうだ。

 早瀬はこの後、書斎に戻るはずだ。ここで文句を言う訳にはいかない。邪魔しないようにしたい。

「そういうわけにはいかないよ。落ち着いてやりたいんだよね?会社にいる時は慌ただしいからだよね?」

 早瀬が苦笑して頷いた。そして、肩に乗せた顎を持ち上げて、頬にキスをしてきた。ごめんねという意味だ。俺が拗ねているからだ。俺はどうしてこんなにネガティブなのだろう。すると、早瀬が言った。

「ごめん。言い訳になるけど、新しい役割の準備をしている。慣れないところがある。11月末になれば落ち着くからね」
「?」

 新しい役職になるのは、11月末だと言っていた。その頃は忙しいと思うのに、無理をしていないのか?

「裕理さん。その頃に部長代理になるんだよね?」
「そうだよ。今のうちに覚えることが多い。その頃には新しい体制になるから余裕ができる。それまで待っていてくれないか?ギターの練習は土日に見るよ。ドライブは……、うーん」
「いいんだよ!気にしないでよ。俺もバンドの練習が忙しいし、今度の土曜はバイトがあるから」
「イベントがあるのか?」
「うん。楽器フェアだよ。植本さんが、店頭で演奏するんだ。ファンが殺到するから、事前申し込み制にしたんだよ。事務作業が多くって……」
「そうか。そういう管理が得意だから頼られるだろう」
「へへへ。けっこう自信があるんだ」

 そそっかしいから、楽器店で雇ってもらえるのか心配だった。でも、バイトを始めた結果、ネットサイトや事務管理が得意だと知った。そのおかげで仕事が増えたものの、楽しんでやっている。

 しかし、笑っている俺とは反対に、早瀬の眉がひそめられた。どうしたんだろう?これも最近になって見せている反応だ。バイトのことが気に入らないような感じだ。さらに思案顔になった後、もう一度、見つめてきた。

「悠人君さ。バイトをやめないか?」
「ええ?なんで?」
「君と一緒にいたいからだよ。週2回にバイトを減らしてもらったけど、いっそのことやめてほしい」
「その間、裕理さんだって仕事じゃん。家に居るか店にいるかだから変わらないよ。小遣い稼ぎだってしたいもん。欲しいものがあるし」

 早瀬が首を振った。優しく笑いかけてきたけれど、NOとは言えない空気を出している。

「こうしようか。君の分の家事分担を増やす。対価として小遣いを渡す。欲しいものがあれば俺が買う」
「そんな……」

 自由に笑って走り回ってほしいと言ってくれた。バンド活動や、植本さんたちの前での演奏にも協力してくれた。そのおかげで、遠藤さんから応援されている。良い音楽スタジオを紹介してもらって、作曲したものを聴いてくれている。

「裕理さん。俺のバンド活動を応援してくれているよね?」
「それとこれとは別だ。もちろん君には音楽をやってもらいたい。ただ、学業もバイトもやると集中できないだろう。お父さんからの防波堤になるし、それ以外のことからも守る。俺の存在意義を奪わないでほしい」
「やだよ」
「お願いします」
「頭を下げないでよ……」

 それこそ冗談っぽい仕草でされたが、下げていることには変わりない。どうしたのかと心配になった。そこで、ふと、あることを思い出した。

(付き合っていた人からフラれたのって、仕事を優先したからだって言ってた。佐久弥のこともそうだよね。忙しさからすれ違ったんだろう。どんなに好きでもそうなるのか……)

 自分はそうならないと言いたいのに、現実の自分は寂しがっている。早瀬も同じ気持ちだと知ったのに抵抗している。

「考えさせてほしいんだ」
「どうして?」
「あの店が気に入っているんだ」
「どういう点で?」

 まるで小さな子供に質問するかのように、優しく問いかけられた。言ってごらんと、続きを促された。そして、頬をツンツンと突かれて、張り詰めた空気が消え去った。

「オーナーと話すのが楽しい。他の人とも。楽器を勧めたり説明したりして、勉強するもの面白いからだよ」
「なるほど」
「事務作業の効率アップも思いつくんだ。面白いんだよ」
「なるほど」

 話している間、しっかりと相槌を打たれていた。分かってもらえている感触があり安心した。早瀬の笑顔には色んな種類がある。爽やかな笑顔といじめっ子の笑顔がある。今の笑顔は、俺のことを言い聞かせる時のものだ。
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