海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 15時。

 午後の作業に取りかかっているところだ。一時間の昼休憩の間、如月と話しながら昼ご飯を食べた。早瀬はランチミーティングに出かけていた。俺達には社員食堂からの弁当が用意されていた。大食いの俺には2人分が用意されていたし、和風と洋風の2種類という有り難い気づかいを受けた。しかし、とても美味しかったのに、味わう余裕がなかった。指示された仕事をやっているうちに、すっかり疲れてしまったからだ。

 今、早瀬は会議で不在だ。その代わりに、黒崎さんが早瀨のデスクで仕事をしている。社員達が視線を向けては、ぎょっとした顔をしている。このデスクにいるのが不思議なのだろう。

「悠人君、疲れているだろう。カフェで休んで来い」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「休んできなさい」
「はい」

 黒崎さんから優しく笑いかけられた。ここで断るわけにはいかないから、周りに会釈をして席を立った。

 活気のあるフロアを歩いていると、次々に声を掛けられた。女性達からは、小袋のお菓子やチョコレートを貰った。このままだと落としそうだと思う数だ。気をつけて持ちながら、カフェスペースの前へやって来た。

「ああー、開けられない」

 両手が塞がっている。自動ドアではないから、手では開けられない。体で押して開けようとすると、背後から腕が伸び来て、黒崎さんからドアを開けられた。そして、背後のフロアを振り返りつつ声を掛けられた。

「押さえているから入ってくれ」
「はいっ」

 思わずボーっとしていた。慌てて中に入ると、黒崎さんが入り口のスクリーンを下ろしていた。全面が塞がれるわけではなく、半分ぐらいの目隠しだ。そして、座るように促された。

「珈琲で良かったか?」
「はい。自分で……」
「これぐらいなら俺でも出来る」
「あああ……」

 黒崎さんがドリンクの機械を操作して、プラスチックのカップをセットした。そして、注がれたコーヒーをテーブルに置いてくれた。おまけに砂糖とミルクは入れるのかと質問された。

 ごく普通の光景なのに、相手が黒崎さんだから驚いてしまった。夏樹から聞いているのは、お湯も沸かさないし、ポットに入っている珈琲でさえも注がない人だということだ。それなのに、俺には珈琲を用意してくれて、砂糖とミルク、ペーパーナプキン、そばにあった個装のお菓子まで、皿に載せて出してくれた。聞いていたこととは180度、異なっている。

「……意外か?」
「い、いいえ?」
「夏樹から愚痴を聞かされているだろう?気にしなくていい」
「あああ……」
「20歳から秘書をやっていた。お茶出しぐらいはこなせる」
「そうだったんですね……」

 黒崎さんの様子を見ても、とても普段からやっていないようには思えない。さり気なくテーブルが汚れないようにしているし、行儀がいい。

「夏樹に甘えている。何もしないと言われるのは当然だ」
「リラックスしているんですね」
「ああ。それを許してくれている。調子に乗っている」
「へへへ……、そういうのっていいですね」

 それは家が過ごしやすい証拠だ。夏樹たちの家は居心地がいい。自然とそうなったわけではなくて、お互いの試行錯誤で作ってきたものだと言っていた。

 では、自分はどうなのだろう?早瀬の仕事モードを見て、戸惑っているばかりだった。そこで、早瀬のことを怖がってばかりいたことに気づいた。

「あ……」
「どうしたんだ?」
「裕理さんを困らせました。ここでバイトをする理由にもなりますけど……」

 今回のいきさつを話した。早瀬が2人いるように見えたことと、誤解は解けたのに、実際に働いているところを見て、怖く見えるのは仕事モードの時であり、決して俺のことが邪魔ではないと納得したかったことを。
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