海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

文字の大きさ
123 / 259

11-7

しおりを挟む
 15時。

 午後の作業に取りかかっているところだ。一時間の昼休憩の間、如月と話しながら昼ご飯を食べた。早瀬はランチミーティングに出かけていた。俺達には社員食堂からの弁当が用意されていた。大食いの俺には2人分が用意されていたし、和風と洋風の2種類という有り難い気づかいを受けた。しかし、とても美味しかったのに、味わう余裕がなかった。指示された仕事をやっているうちに、すっかり疲れてしまったからだ。

 今、早瀬は会議で不在だ。その代わりに、黒崎さんが早瀨のデスクで仕事をしている。社員達が視線を向けては、ぎょっとした顔をしている。このデスクにいるのが不思議なのだろう。

「悠人君、疲れているだろう。カフェで休んで来い」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「休んできなさい」
「はい」

 黒崎さんから優しく笑いかけられた。ここで断るわけにはいかないから、周りに会釈をして席を立った。

 活気のあるフロアを歩いていると、次々に声を掛けられた。女性達からは、小袋のお菓子やチョコレートを貰った。このままだと落としそうだと思う数だ。気をつけて持ちながら、カフェスペースの前へやって来た。

「ああー、開けられない」

 両手が塞がっている。自動ドアではないから、手では開けられない。体で押して開けようとすると、背後から腕が伸び来て、黒崎さんからドアを開けられた。そして、背後のフロアを振り返りつつ声を掛けられた。

「押さえているから入ってくれ」
「はいっ」

 思わずボーっとしていた。慌てて中に入ると、黒崎さんが入り口のスクリーンを下ろしていた。全面が塞がれるわけではなく、半分ぐらいの目隠しだ。そして、座るように促された。

「珈琲で良かったか?」
「はい。自分で……」
「これぐらいなら俺でも出来る」
「あああ……」

 黒崎さんがドリンクの機械を操作して、プラスチックのカップをセットした。そして、注がれたコーヒーをテーブルに置いてくれた。おまけに砂糖とミルクは入れるのかと質問された。

 ごく普通の光景なのに、相手が黒崎さんだから驚いてしまった。夏樹から聞いているのは、お湯も沸かさないし、ポットに入っている珈琲でさえも注がない人だということだ。それなのに、俺には珈琲を用意してくれて、砂糖とミルク、ペーパーナプキン、そばにあった個装のお菓子まで、皿に載せて出してくれた。聞いていたこととは180度、異なっている。

「……意外か?」
「い、いいえ?」
「夏樹から愚痴を聞かされているだろう?気にしなくていい」
「あああ……」
「20歳から秘書をやっていた。お茶出しぐらいはこなせる」
「そうだったんですね……」

 黒崎さんの様子を見ても、とても普段からやっていないようには思えない。さり気なくテーブルが汚れないようにしているし、行儀がいい。

「夏樹に甘えている。何もしないと言われるのは当然だ」
「リラックスしているんですね」
「ああ。それを許してくれている。調子に乗っている」
「へへへ……、そういうのっていいですね」

 それは家が過ごしやすい証拠だ。夏樹たちの家は居心地がいい。自然とそうなったわけではなくて、お互いの試行錯誤で作ってきたものだと言っていた。

 では、自分はどうなのだろう?早瀬の仕事モードを見て、戸惑っているばかりだった。そこで、早瀬のことを怖がってばかりいたことに気づいた。

「あ……」
「どうしたんだ?」
「裕理さんを困らせました。ここでバイトをする理由にもなりますけど……」

 今回のいきさつを話した。早瀬が2人いるように見えたことと、誤解は解けたのに、実際に働いているところを見て、怖く見えるのは仕事モードの時であり、決して俺のことが邪魔ではないと納得したかったことを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。

新緑の少年

東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。 家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。 警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。 悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。 日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。 少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。 少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。 ハッピーエンドの物語。

回転木馬の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖
BL
包容力ドS×心優しい大学生。甘々な二人。包容力のある攻に優しく包み込まれる。海のそばの音楽少年~あの日のキミの続編です。 久田悠人は大学一年生。そそっかしくてネガティブな性格が前向きになれればと、アマチュアバンドでギタリストをしている。恋人の早瀬裕理(31)とは年の差カップル。指輪を交換して結婚生活を迎えた。悠人がコンテストでの入賞等で注目され、レコード会社からの所属契約オファーを受ける。そして、不安に思う悠人のことを、かつてバンド活動をしていた早瀬に優しく包み込まれる。友人の夏樹とプロとして活躍するギタリスト・佐久弥のサポートを受け、未来に向かって歩き始めた。ネガティブな悠人と、意地っ張りの早瀬の、甘々なカップルのストーリー。 <作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」→本作「回転木馬の音楽少年~あの日のキミ」

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

ミルクと砂糖は?

もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

処理中です...