海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 早瀬の背中に両手をまわした。この体の持ち主は、傷ついている男の子だ。魔法使いの呪いがかかったままで、柵の向こうにいるのだろう。

「へへへ。俺たちって似た者同士だね?」
「……」
「何か言えよー、言わなくてもいいけど」
「……どっちだ」
「どっちもだよ」
「……ウジウジしているのは変わらないな」

 その言い方は、ぶっきらぼうなものだった。声色は同じなのに、言い方ひとつで印象が変わるのかと、ぼんやりと思った。これが早瀬かな?まだ仮面をつけているのかな?呪いは何なのかが分からない。たくさんありすぎるからだろう。

「裕理さん。いちばん強い呪いは、何?」
「そうだね……」
「あれ?いつも裕理さんだね?なんで?」
「……うるさい」
「ぷぷぷっ。本性を現したな!」
「俺に掛かけられた呪いは……」
「ふむふむ」
「……『いい子にいていればいい』だ。親というより、自分で掛けた呪いだよ。自分がいい子にしていれば、家族が上手くいくと思っていた」
「そっか……」

 思い当たることがある。自分が何をしたいのか分からないのは、傷つきたくないからだ。

「裕理さんってさ。いい子だねって言われてきたから、自分のやっていることを否定されたくない気持ちが強いよね?感情を上手に表すのが苦手な人だよ。……俺と同じだよ」
「ああ……」
「何か嫌なことが自分に起こっても、怒ることが苦手だろ?言い争うのも苦手?自分の気持ちを出すことに、慣れていないからだよね?」

 さらに伝えたくて、聞きたいこともある。山のように浮かんで来るから、大事なものだけを掘り起こしている。今までの言葉、やってきたこと、その矛盾を。

「裕理さんの家って、うちと似ているよ。だから呪いが解けたのかな?……親の期待が大きくて、肩書き、世間体を気にする家なんだろ?親戚の人とか、近所に見栄を張りがちだった?冷たい感じ?……でも、お父さんが良い人なんだよね?」
「そうだよ。小さい頃、よく言われていたよ。我慢するなと」
「そっか……」

 やっと等身大の早瀬が現れた。弱みを見せられる人だ。強がりの意地っ張り、自分は強いふりをしている子だ。俺と似ている子だ。感情を表すよりも、我慢してしまう。

 自分が創り出した『親』の目から解放される必要がある。この言葉を、呪いから解放される呪文にしよう。すうっと深呼吸をした後、告げた。

「裕理さんのままで大丈夫!そのままのあなたが大好き!!」
「悠人……」
「何も言わなくていい。言い訳なんかいらない。俺がそばにいて、裕理さんを守る!!だから、泣かないでよ!」
「……泣いていない」
「うそだ!実は泣いているだろ?」
「……悠人、泣いていない」
「じゃあ、こういうことにしようよ。赤ちゃんは生まれた時に泣くんだ。まだそれしか出来ないんだよ。どうして明るいところにいるの?自分は誰?って思うんだ。……自分は一人だって思うこともあるかも知れない。でもね、誰かには抱っこされたんだよ。……今日が裕理さんの生まれた日だよ、誕生日おめでとう!」
「……ああ」
「この瞬間に、一気に年を取ったんだ。いきなり30歳になったよ。12月7日は、新しい裕理さんで、31歳の誕生日を迎えようね!」
「……ありがとう」
「どういたしまして。プレゼントと、オムレツと、ビーフシチューのお礼だよ」
「俺は何を返そうか?」
「何もいらない。そばにいてくれたらいい。夏樹が言っていたんだけど。……どんなに高価な贈り物をしても、体の自由を奪っても、心までは奪えないんだ。……そんな大事なものを貰うなら、それよりもすごい贈り物は存在しないよ」
「心なら、とっくに渡している」
「うん。裕理さん、俺のことを好きになってくれてありがとう」
「愛している」
「俺もだよ」

 早瀬の体を思い切り抱きしめた。それなのに不満そうにしている。それが分かったのは表情からだ。冗談でそうしているのではなく、本気なのだと思う。

「不満なのかなーー?」
「愛している。その言葉が欲しい。もう過ぎた後の30歳の誕生日プレゼントに」
「前に言ったじゃん。恥ずかしいから……」
「イジメるぞ?」
「何するんだよー、え?マジで!?うわーー!クルクルは苦手なんだよーっ」

 脇の下に手を差し込まれたから、後ずさりをして逃げた。湾沿いの涼しい風が吹いていて水の匂いがしている。けっこう好きだと思ってしまったのが失敗だった。背後から伸びてきた腕に捕らえられたそして、視界がグラついたと同時に、視界が高くなった。レインボーブリッジ、イベント会場、観覧車。それぞれ違う方向にあるはずのものが視界に入ってきた。

「クルクル回らないでよーっ」
「……もっとやってあげる」
「ひいいいい!」
「ゆうとくーん、もっとどう?」
「いつもの裕理さんと同じじゃんーーっ」

 ぶんぶん回されているから、メリーゴーランドの木馬になった気分だ。せめてカボチャの馬車がいい。奥にある分だけ視界を遮られているからだ。
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