148 / 259
12-9
しおりを挟む
18時。
ザワザワ、ガヤガヤ、ガタンゴトン……。
イベント会場の屋内を歩いている。食べ物やグッズ販売のテントが出ていて、美味しい匂いが漂っている。夜の部のステージを目当てにしているらしいバンドマン風な人が立っている。
「おおー、ライブ会場みたいになってきたね」
「しばらく観に行っていない。行こうか?」
「うん。ベテルギウスが来年の春にあるよ。ディアドロップにも行きたい」
「んん?」
「佐久弥がいるバンドでもいいじゃん。ギタープレイには確かなものがあるんだ!」
「へえ、大人になったな」
「生まれたばかりの赤ちゃんの面倒をみたからだよ。ユーリっていう子」
「抱っこして……」
「わわわーっ」
早瀬が体重をかけてきた。その体を支えるために壁に背をつけて、何とか踏ん張った。そろそろ、体力づくりと筋トレが必要としている。
「筋トレを始めるよ」
「……大丈夫だ。30歳になったから歩けるよ」
「それだけじゃないよ。12歳年上なら介護が必要だろ?力がいるんだよ。おばあちゃんの時に痛感したんだ」
「おい、俺はまだ……」
「それぐらいの気持ちだよ!安心していいよ」
「まったく、可愛いことを言いすぎだ」
「んんーーっ」
これはキスというものだろうか?きっと違うと思う。魂を吸い取られそうな程の吸引力だからだ。そして、大きな音を立てて唇が離れた。ここは大きな柱の影だから、人に見られずに済んだ。
顔が熱くなりながら出店へ向かっていると、写真を撮らせてほしいと声を掛けられた。もちろんOKした。ここでの目的は楽しませるためだ。軍師と騎士、女の子たちとの6人でカメラの前に立った。
「はーい!いきまーす!」
黒崎製菓のスタッフがスマホのシャッターを押した。それを何度か繰り返して、無事に撮影を終えた。早瀬の周りには女性が、俺の周りには男性が集まっている。
「裕理さん、愛想をふるなよ」
「振っていないよ」
「んー、確かにそうだね。笑わなくなったね?なんで?」
「それを君が言うのか?呪いを解いただろう」
「笑ってよ!」
「んー?愛想をふるな、笑え、どっちだ?」
「俺だけに笑ってよ」
「ゆうとくーん?それは自分勝手、ワガママって言うんですよー?」
「ああー、いつもの裕理さんが降臨したね。もっと軽口を叩いてよ。大人しいのは違和感があるもん」
「……どっちだ?」
言い方こそ冗談っぽいのに、眉をよせていた。こういう顔を隠さなくなったことが嬉しくもあり、怖いとも感じている。怒った早瀬は怖いことを知っているからだ。誰でもそうだとはいえ、冷え凍りそうだ。ふと、枝川さんからの、早瀬の人物評を思い出した。
「裕理さんはねー。会社では、氷点下マイナスって言われているんだよ?知ってた?」
「知っている。枝川がつけたあだ名だ」
「ぷぷぷっ。ほかの人はー?」
「圭一さんのことは、せっかち常務だ。用件だけ伝えて回れ右すべし。標語みたいだろう?」
「枝川さん、名付けの名人だね」
「ああいう社員が必要だ。ムードメーカーだよ。クラン、道化役だ。俺は会社ではやっていないけどね」
「うん。分かるよ。冷静な室長だって知ったもん。……道化役が悪いことだと思っていないよ?……ムードメーカーになれるのが、スゴイと思ってる。一瞬で空気を変えられるから」
「……」
「え、照れているの?」
「……」
どうしよう?本気で照れている様子だ。ここまでさらけ出すのか。なんて極端な人だろう。
「えーっと。その……」
「圭一さんも空気を変えられる人だ。ただし、恐怖を与えるという方法だ」
「それ、夏樹も言っていたよ。信じられないのに。いじめっ子上司ってあだ名をつけたのは、間違いだったって思っているんだ」
「君は相手のことをよく見ている。早い段階で、圭一さんのことをそう言ってたね。たいていの人が、しばらく経ってからだよ。それが長所で短所でもある」
「なんでー?」
「見え過ぎるからだ。君は優しくて、相手のことを考え過ぎる。見えなくていいものまで気づくから、迷いが出て来るんだろう。年を取ったら解決するよ。図々しくなるからだ」
「ほお……」
じゃあ、裕理さんもそうだね。図々しいもんね。その言葉を飲み込む判断が出来るようになったのは、一歩前進だ。早瀬の本性が表に出ているからだ。
「もう図々しくなってきたか。最初は可愛らしかったのに」
「なんだよーっ」
「……面白そうなものがあるよ。見てごらん」
「どうせ、柱だろー?看板とかさー。……ひいいいいっ」
バカにされていると思いながらも視線を向けた結果、想像以上の光景が広がっていたから驚いた。
ザワザワ、ガヤガヤ、ガタンゴトン……。
イベント会場の屋内を歩いている。食べ物やグッズ販売のテントが出ていて、美味しい匂いが漂っている。夜の部のステージを目当てにしているらしいバンドマン風な人が立っている。
「おおー、ライブ会場みたいになってきたね」
「しばらく観に行っていない。行こうか?」
「うん。ベテルギウスが来年の春にあるよ。ディアドロップにも行きたい」
「んん?」
「佐久弥がいるバンドでもいいじゃん。ギタープレイには確かなものがあるんだ!」
「へえ、大人になったな」
「生まれたばかりの赤ちゃんの面倒をみたからだよ。ユーリっていう子」
「抱っこして……」
「わわわーっ」
早瀬が体重をかけてきた。その体を支えるために壁に背をつけて、何とか踏ん張った。そろそろ、体力づくりと筋トレが必要としている。
「筋トレを始めるよ」
「……大丈夫だ。30歳になったから歩けるよ」
「それだけじゃないよ。12歳年上なら介護が必要だろ?力がいるんだよ。おばあちゃんの時に痛感したんだ」
「おい、俺はまだ……」
「それぐらいの気持ちだよ!安心していいよ」
「まったく、可愛いことを言いすぎだ」
「んんーーっ」
これはキスというものだろうか?きっと違うと思う。魂を吸い取られそうな程の吸引力だからだ。そして、大きな音を立てて唇が離れた。ここは大きな柱の影だから、人に見られずに済んだ。
顔が熱くなりながら出店へ向かっていると、写真を撮らせてほしいと声を掛けられた。もちろんOKした。ここでの目的は楽しませるためだ。軍師と騎士、女の子たちとの6人でカメラの前に立った。
「はーい!いきまーす!」
黒崎製菓のスタッフがスマホのシャッターを押した。それを何度か繰り返して、無事に撮影を終えた。早瀬の周りには女性が、俺の周りには男性が集まっている。
「裕理さん、愛想をふるなよ」
「振っていないよ」
「んー、確かにそうだね。笑わなくなったね?なんで?」
「それを君が言うのか?呪いを解いただろう」
「笑ってよ!」
「んー?愛想をふるな、笑え、どっちだ?」
「俺だけに笑ってよ」
「ゆうとくーん?それは自分勝手、ワガママって言うんですよー?」
「ああー、いつもの裕理さんが降臨したね。もっと軽口を叩いてよ。大人しいのは違和感があるもん」
「……どっちだ?」
言い方こそ冗談っぽいのに、眉をよせていた。こういう顔を隠さなくなったことが嬉しくもあり、怖いとも感じている。怒った早瀬は怖いことを知っているからだ。誰でもそうだとはいえ、冷え凍りそうだ。ふと、枝川さんからの、早瀬の人物評を思い出した。
「裕理さんはねー。会社では、氷点下マイナスって言われているんだよ?知ってた?」
「知っている。枝川がつけたあだ名だ」
「ぷぷぷっ。ほかの人はー?」
「圭一さんのことは、せっかち常務だ。用件だけ伝えて回れ右すべし。標語みたいだろう?」
「枝川さん、名付けの名人だね」
「ああいう社員が必要だ。ムードメーカーだよ。クラン、道化役だ。俺は会社ではやっていないけどね」
「うん。分かるよ。冷静な室長だって知ったもん。……道化役が悪いことだと思っていないよ?……ムードメーカーになれるのが、スゴイと思ってる。一瞬で空気を変えられるから」
「……」
「え、照れているの?」
「……」
どうしよう?本気で照れている様子だ。ここまでさらけ出すのか。なんて極端な人だろう。
「えーっと。その……」
「圭一さんも空気を変えられる人だ。ただし、恐怖を与えるという方法だ」
「それ、夏樹も言っていたよ。信じられないのに。いじめっ子上司ってあだ名をつけたのは、間違いだったって思っているんだ」
「君は相手のことをよく見ている。早い段階で、圭一さんのことをそう言ってたね。たいていの人が、しばらく経ってからだよ。それが長所で短所でもある」
「なんでー?」
「見え過ぎるからだ。君は優しくて、相手のことを考え過ぎる。見えなくていいものまで気づくから、迷いが出て来るんだろう。年を取ったら解決するよ。図々しくなるからだ」
「ほお……」
じゃあ、裕理さんもそうだね。図々しいもんね。その言葉を飲み込む判断が出来るようになったのは、一歩前進だ。早瀬の本性が表に出ているからだ。
「もう図々しくなってきたか。最初は可愛らしかったのに」
「なんだよーっ」
「……面白そうなものがあるよ。見てごらん」
「どうせ、柱だろー?看板とかさー。……ひいいいいっ」
バカにされていると思いながらも視線を向けた結果、想像以上の光景が広がっていたから驚いた。
1
あなたにおすすめの小説
恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編
夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。
新緑の少年
東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。
家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。
警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。
悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。
日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。
少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。
少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。
ハッピーエンドの物語。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
回転木馬の音楽少年~あの日のキミ
夏目奈緖
BL
包容力ドS×心優しい大学生。甘々な二人。包容力のある攻に優しく包み込まれる。海のそばの音楽少年~あの日のキミの続編です。
久田悠人は大学一年生。そそっかしくてネガティブな性格が前向きになれればと、アマチュアバンドでギタリストをしている。恋人の早瀬裕理(31)とは年の差カップル。指輪を交換して結婚生活を迎えた。悠人がコンテストでの入賞等で注目され、レコード会社からの所属契約オファーを受ける。そして、不安に思う悠人のことを、かつてバンド活動をしていた早瀬に優しく包み込まれる。友人の夏樹とプロとして活躍するギタリスト・佐久弥のサポートを受け、未来に向かって歩き始めた。ネガティブな悠人と、意地っ張りの早瀬の、甘々なカップルのストーリー。
<作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」→本作「回転木馬の音楽少年~あの日のキミ」
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
ミルクと砂糖は?
もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。
想いの名残は淡雪に溶けて
叶けい
BL
大阪から東京本社の営業部に異動になって三年目になる佐伯怜二。付き合っていたはずの"カレシ"は音信不通、なのに職場に溢れるのは幸せなカップルの話ばかり。
そんな時、入社時から面倒を見ている新人の三浦匠海に、ふとしたきっかけでご飯を作ってあげるように。発言も行動も何もかも直球な匠海に振り回されるうち、望みなんて無いのに芽生えた恋心。…もう、傷つきたくなんかないのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる