アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 午前7時半。

 黒崎家の門の前に、タクシーが停まった。これから黒崎が出社するためだ。外に出て待っていると、佳代子さんがやって来た。間に合ってよかったと笑っていた。他にも見送りメンバーが待っている。

 今日は大事な取引先と会うから、黒崎と挨拶してゲン担ぎをするという山本さんもいる。俺が選んだスーツを着ると商談が上手くいくというジンクスがあるように、黒崎のことを見ると、良いことがあるというジンクスがあるそうだ。黒崎が玄関から出て来た後、ご近所さんへ微笑みながら挨拶した。

「おはようございます。夏樹がお世話になっています」
「いいえ~、可愛いから会いに来ているのよ」
「トマトの苗をありがとうございました」
「日曜日は畑づくりね。楽しみにしているのよ」
「……宮塚さん。田中屋の食パン、美味しかったです」
「他にもお勧めしたい物がありますよ~」
「夏樹が転んだ時に、助けて下さったそうで」
「お怪我がなくてよかったわ」

 黒崎が全員に微笑みかけた後、俺の方に向き直った。普段通りに意地悪そうに笑っている彼を見て、ホッとした。

「……行って来る」
「いってらっしゃい」
「通学前、大学到着後、学食、帰宅前、帰宅後は必ず連絡して来い。今日はオフィスにいる」
「りょーかい!」

 家の中でキスをしたから、ここではしないことにしている。視線を合わせて微笑むことが、キスの代わりでもある。俺とアンの頭を撫でた後、黒崎がタクシーに乗り込んだ。そして、彼のことを見送った後、今度は俺がモテ始めた。

「はい。カンテールのマフィンよ」
「わあ、ありがとうございます」

 こうして、ご近所さんとは美味しいお菓子や、野菜の物々交換を楽しんでいる。可愛いわね、イケメンね。こういう言葉をかけられた時、自然と嬉しいと思った。あんなに外見のことで言われるのが苦手だったのに。

 毎朝の朝ごはんの後、黒崎が出勤するまでの時間は、リビングで一緒に過ごしている。黒崎が会議書類を読み、俺はノート整理をやっている。通勤通学が別々になった分だけ、朝の時間を一緒に過ごすという工夫をしているわけだ。

「今夜は飲み会で遅めに帰ってくるから……、夜食を用意しないとね。もう暑いけど湯豆腐にしよう。冷たいものを飲むだろうし……」

 家の中に入った。そして、冷蔵庫を開いて、材料が揃っていることを確認した。大学の帰りにスーパーへ寄ればいいけれど、いまだに一人で出かけるのを禁止されている。まだ新しい生活に慣れていないことが理由だけれど、口実だと思っている。親戚関係の人に会うかも知れないからだろう。黒崎が警戒しているのが分かる。でも、黒崎もお義父さんも口にしないから、俺の方からも聞かないことにしている。

 気を取り直して、大学へ持って行くオヤツを用意した。ひと口サイズのオレンジ味のマフィンだ。大袋を買っておいた。前にプレーン味の物を持って行くと、悠人と森本と山崎が気に入っていて、それ以来、物々交換に使っている。そして、あれこれしているうちに時間が経ち、大学へ出かける時間がきた。
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