アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 午前7時半。

 これから黒崎が出勤する。パタンッ。ドアが閉まり、黒崎を乗せたタクシーが走って行った。その姿を見送っていると、佳代子さんが門から出て来た。今日は間に合わなかったと言って笑っている。犬のリクが雨上がりの庭で走った後、足元が泥だらけになり、さっきまで洗っていたそうだ。

 明後日、うちで畑作りをする。遠藤さん夫婦が手伝いに来てくれる。天気予報は晴れだった。当日、晴れると良いなと思った。

「夏樹君、おはよう。リクがね、もう……」
「おはようございます。明後日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。予定どおりお伺いするわ。畑づくりができるなんて、特に主人が喜んでいるのよ。……フルーツトマトを食べない?親戚から送ってもらったんだけど、けっこう数が多いのよ」
「もちろん頂きます!先月のトマトが美味しくって。取り行きます」

 佳代子さんと話すとホッとする。お義父さんが住んでいても、初めて暮らす場所だから心細い時があった。こうして遠藤さん達に出会い、親戚が近くにいるようで安心している。

 遠藤家の玄関ドアを開くと、リクが出迎えてくれた。心を許した俺への熱烈歓迎として、飛びつかれそうになった。尻尾をパタパタと振って、遊ぼうと誘っているようだ。

「お、お邪魔しまーす」
「リク!」
「いいですよ……。おーっと……」
「主人が甘やかすから……」
「うちも同じです。お義父さんと黒崎さんがアンのことを可愛がるので分かります」
「賑やかになったわね」
「今朝、黒崎さんが小さい頃のアルバムを見ていたんです。佳代子さんが言うとおり、女の子みたいでした」
「そうでしょう。あの小さな子が同一人物かしら?って思う時があるのよ。お父さん、いつも笑っているわねー」
「親子喧嘩を見てもらいたいです。二人とも、本当に子供っぽいから……」
「あら。言い合いをしているところを見たわよ。スイカのことで言っていたわねえ……」

 思い当たることがある。美味しいスイカの見分け方のことで、二人が喧嘩したことがあった。俺がいないところでも言い合いが続いていたのだと知り、頭痛がしそうになった。

「夏樹君が来てから、お家全体の空気が変わったわね。お父さんが洋菓子店へ通うようになって、門の外でアンちゃんを散歩させているし。圭一君は自然な笑顔だもの。本当によかった。大学では困ったことはない?主人が同じ大学の出身だから、何かあればって言っていたのよ」
「同じだったんですねーー」
「ええ。嬉しそうよ。話が出来る若い子が近くに来たって。相手をしてあげて。そうだわ、雑誌のモデルさんをやったの?夏樹君に似た子が掲載されていたって聞いたのよ」
「実は……」
「あらーー」

 春にカメラテストを受けた。その時の写真が会社向けの商品サンプルのカタログに掲載されるのは知っていたが、一般発売の雑誌にも掲載されていた。そんな話はなかったし、契約すら結んでいない。それは着るぐるみパジャマのメーカーからの依頼であり、事務所との連絡の行き違いだと説明を受けた。藤沢と同じ事務所だから信頼していたのにと、黒崎ががっかりしていた。俺も同じだ。

 藤沢の方も問題があったようで、他の事務所へ移籍することが決まった。雑誌掲載のことはカメラマンの仙頭さんも知らなくて、困っている様子だった。着ぐるみパジャマのページには、カメラマンとして、名前が掲載されていた。

「予定していたページがキャンセルになったからだそうです。急遽差し替えするってことで、俺の写真が出たんだって説明でした……」
「もうモデルはやらないでしょう?」
「はい……。黒崎さんが怒っていたんです」
「元気を出して。縁がなかったということよ。さあ、これを……」
「ありがとうございます。美味しそうだな~」

 佳代子さんからフルーツトマトを受け取り、門の前で別れた。そして、向かいの我が家へ戻っていると、ご近所さん達から、次々とお菓子をもらった。

 こうして何かと気に掛けてくれている。黒崎のようにキャーッと悲鳴をあげられないが、可愛がってもらえて嬉しい。ここへ引っ越してきて良かったと思った。
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