アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 7月7日、日曜日。午前5時半。

 目が覚めた。今日はいつもよりゆっくり寝ていた。寝返りを打っても痛みが起きないのが嬉しい。それに、ぐっすり眠れたようだ。目が覚めた時に視界に入る景色はクリーム色の壁だ。明日からは家の壁になる。今日で退院するからだ。

 病室のベッドのそばには窓があり、すでに白み始めた空が広がっていた。深い青色の空から光が混じり、水色に変わる。そんな様子をぼんやり眺める気持ちの余裕ができたのが嬉しい。

 今の自分の顔つきも落ち着いていると思う。きっと黒崎は笑顔を見せてくれるだろう。ご飯を食べている時、黒崎がふとした時に見せる顔は、険しい時があった。昨日の帰りは笑っていた。

 もうすぐで6時だ。そろそろ黒崎が迎えに来てくれるだろう。すると、窓のカーテンの隙間から、さっきよりも強めの光が差し込んできた。窓を全開にしたくてベッドから降りると、背後から声がした。黒崎の声だ。

「……開けてやる、座っていろ」
「わああ~~」
「……おい」

 いつの間に来ていたのだろう?振り返ると、黒崎が椅子に座って電子新聞を読んでいたから驚いた。ここがリビングならいつもの光景であり、数時間後には現実になるのだと嬉しくなった。

「黒崎さーん。おはよう~」
「いきなり動くな」

 そうは言っても止まらない。黒崎の体に抱きついた。多少はバランスを崩しても平気だ。こうして、しっかりと受け止めてくれるのがわかっている。このまま、ギューギューと力を込めて抱きついてやった。

「黒崎さーん」
「はいはい。時間通りに来たぞ」
「いつ来てくれていたんだよ?」
「ついさっきだ。アンが待ち焦がれている。親父だけでは寂しいようだ。……帰り支度をしてあったのか。俺がやると言っただろう」
「退屈だったもん。あとはパジャマを入れて終わり。着る服はコレ」

 大学に行く時に着ているトラ顔プリントのTシャツを黒崎に見せると、笑っていた。ほんの数日間の入院なのに、荷物が増えたのが不思議だ。入院中はけっこう元気だったと思う。起きて散歩していたし、退屈だからとDVDも観ていた。毎日黒崎が持って帰って交換してくれた。せめて自分で帰り支度をしたかった。

 テーブルの上には退院の書類一式を置いてある。すでにほとんど書き込んである。あとは看護師さんへ渡して手続きしてもらえる。これで帰る気満々だと広げて見せると、黒崎が肩を揺らして笑い出した。

「相変わらずの個性的な字だな。聞き返されるだろう」
「うん。オリジナリティのある字だろ?」

 お世辞にも、俺の書く字は上手だとは言えない。田中先生ですら頭を悩ませて答案を判読していたレベルだ。しかも、練習しても一向に上手くならなかった。黒崎が笑っているのは、俺の方が恥ずかしがらずに、堂々としているからだ。目立つことが苦手なくせに、こういう面では平気だと言われた。

「……看護師さんへ書類を渡してくる。帰りに弁当を買って帰ろう。予約済みだ」
「やったーー、昨日の重箱弁当、美味しそうだったもんなあ」

 黒崎が昨日食べていたお弁当が美味しそうだった。覚えてくれていたのが嬉しい。これから帰れるという嬉しさが、新しい調味料になりそうだ。
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