アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 すると、黒崎が声を立てて笑い出した。まるでさっきの話は冗談だと言っているかのようだ。黒崎には元気で居てもらいたい。

「今の話は冗談だったのかよ?」
「違う。心配症で、泣き虫だと思ったからだ。……お前、言っていただろう。ピアニストの夢を諦めるなと。80歳になった時に夢が叶っていればいいと。……早めに取り組むことにした。それだけだ」
「そうなんだ……」
「……反対なのか?」
「ううん……っ。良かったなって思ったんだよ……」

 今の自分には、黒崎がやってきたことがどんなことなのか、想像するしかできない。それでも、頑張ってきたことは分かる。

「泣くな。それまでに会社がつぶれている可能性があるんだぞ?」
「……ええ?」
「そういうこともある。引退が早くなるかもしれないな」

 黒崎が意地悪そうに笑っているから冗談だと分かった。しんみりしたままにしたくないから、言い返してやった。

「大きな船だろー?人が乗っているんだから、沈ませるなよ~っ」
「せめて近くの岸にたどり着かせる。後は知らない」
「なんだよ~。カッコよく引退しろよ~」

 黒崎が無責任なことをするわけがない。大人しく引退させてもらえるだろうか?レストランの会社を経営しそうにも思えた。そう考えているうちに、涙が止まった。

「ピアニストになった後、レストランを作ったらどうかな?また黒崎ホールディングスみたいにさ。たくさん作るんじゃなくて、一軒だけ作るんだ。うちの家の近所にさ」
「……もうやりたくない」
「ケツを叩くからね!そうなったら雇ってよ~」
「ケツを叩かれるから嫌だ」
「なんだよ~っ」

 コソコソとジャレ合っていると、黒崎が真剣な顔に変わった。そして、彼の両手に頬を包み込まれて、お互いに視線を合わせた。

「夏樹。お前は8月のコンテストに向けて頑張れ。ボーカルレッスンを受けて、バンドの練習をしっかりやれ。当日は100%の力を出せ。普段は80%でも、ここぞという時に全力を出すんだ。これが力の使いどころだ」
「うんっ。俺……」
「応援する。出来る限りの協力をする。やっと見つけたものだからな」
「うん!頑張るよ!」
「失敗を恐れるな。訪れてもいない未来を不必要に怖がるな」
「うんっ。新しいチャレンジをするよ」
「……よし」

 お互いに頷きあった後、軽く唇を合わせた。卒業式の日に礼拝堂でも永遠を誓った。今日のキスは、これから先も一緒に頑張って歩くと誓い合うものだ。すると、天井近くの窓から日が差し込んできた。

「いいことだな」
「そうだね!帰ろうか」
「帰りにアイビー書店へ寄る。手作りうちわのキットを買え」
「うへへ……」

 今度はどんな物を作ってやろう?きっと今の自分は、黒崎のように意地悪そうな笑みを浮かべているのだろう。眉間に皺を寄せた黒崎の手を引いて、教会から出た。選択した未来が叶うと良いと思いながら。
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