アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 バラード楽曲を歌い終えた後、メンバーで細かく確認し合った。各パートの構成と役割、リズムが形になってきた。今、ボーカルのステージパフォーマンスを相談し合っている。どんなことをすればいいのか迷っているからだ。

「ギタリストと絡むみたい楽器の方を向いて歌うとか、そばに寄っていくとかだよ」
「指さしてソロを振ってあげるとか」
「うっうっ」

 俺が苦手とする箇所だ。パフォーマンスが大の苦手だ。それでも、観客を楽しませるには必要なことだろう。

 そこへ、早瀬さんから助け船が入った。彼は5年前まで、アマチュアバンドでギターを弾いていた。今活動しているディアドロップというバンドでギタリストをしている佐久弥さくやという人と同じバンドだったと聞いている。メジャーデビューをしないかと誘われたけれど、早瀨さんは黒崎ホールディングスでの仕事を選択した。そういうわけで、練習中にアドバイスを貰い、みんな助かっている。

「夏樹君。気負わなくてもいい。ズレるのが怖くて動けないんだろう?ドラムやベースが、どんなリズムを刻み始めるのか。そこに意識を向けるといいよ」
「うん!でも緊張するんだよ……」

 好きなバンドのライブのように、カッコよくやりたい。家の中でライブDVDを観ながら、イメージトレーニングもやっている。家の中は自然にやれていた。

「うーーん……」
「……夏樹」
「黒崎さん……、いたたた!頬っぺたをつねるなひょー」
「キッチンで歌いながら、踊っているだろう。家に居ると思え」
「家と外じゃ違うんだよ~」
「キッチングッズを持って歌え。炊飯器のシャモジ、菜箸。他にもあるぞ」
「それは……」
「ぷくく……っ」
「はははーーっ」

 メンバーから笑い声が起こった。こうなればそれしかない。そこへ、ある事を思いついた。あのうちわを使えばいいと思った。黒崎が貰ったメッセージカードを貼り付けた物だ。家の中で歌っている感覚になれるかも知れない。

「あ……、いいこと思いついた」
「どんなことー?」
「家に居るつもりになれるし、心強いアイテムがあるよ!」

 さっとうちわを取り出した。それを目にした全員が大笑いをした。これらのメッセージカードは、全部が女性達からのデートの誘いだと暴露したからだ。しかも、黒崎の写真も貼り付けてある。藤沢がうちわで俺のことを扇ぎ、また笑いが起こった。

「ははは~。上手に作ってあるね」
「黒崎さん。これを持って歌うよ。いつも通りに」
「おい、やめろ」
「さあ、練習しようよ!」

 俺は本気だ。さっそく練習を始めると、信じられないことが起きた。家の中のように、自由に動き回れたからだ。

 黒崎がため息をついているが、嬉しそうにもしている。こういう気持ちの束縛と独占欲なら大歓迎だ。堂々と微笑み合うと、周りからはやし立てられた。

 今日の練習では、大きな収穫があった。これで頑張ろうと、改めて気持ちがひとつになったからだ。

 コンテストでは、どんな人との出会いがあるだろう?来てくれた観客の反応はどうだろう?

 まさか自分がこんな想像するなんて、一年前は思っていなかった。まるで新しい海へ漕ぎ出す気分になった。
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