アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
267 / 283

31-5

しおりを挟む
 12時半。

 午前の部が終わり、休憩時間に入った。俺たちが待機している控え室は、これから迎えるステージのことで緊張感が漂っている。

 俺達は午前中に早めの昼ご飯を食べ終えた。黒崎と早瀬さんが、色んな種類の料理を差し入れてくれた。そのおかげで緊張感が和らいだ。

 ついさっき、ステージサイドに立ち、運営スタッフとの打ち合わせを済ませた。楽曲の進行に合わせて、スモークなどの仕掛けがされるそうだ。

 せっかくだから、ステージからの眺めを見て行こうという話になった。そして、ここまで広いとは思わなかったと、悠人と並んで見て、立ちすくんだ。

 午後の部の合間の時間に入り、まばらになった観客席なのに、とにかく人が多い。嬉しいはずが、怖さも出てきた。

「午後は……、もっといっぱい来るよ」
「そうなんだ。お父さん、お母さん……、お義父さんも……」

 お義父さんと両親の姿を見つけた。後ろから伊吹がやってきて、飲み物を差し出していた。それを受け取っている中に、久田さんの姿があった。父と並んで笑いながら話をしていた。

「悠人、お父さんが来てくれているよ!」
「え……?どこどこ?」
「すぐそこ。大きなカップで飲んでいる人だよ」
「どこーー?」
「そこ、すぐ前だよー」
「ひいいいいいっ」
「そんなに驚かなくても……」
「ラフな格好をしているからだよーー」

 たしかに、久田さんはTシャツとジーンズ姿だった。さらに悠人がうめき声をあげた。かき氷のようなものを食べていたからだ。珍しい姿のようだ。いつもスーツしか着ていない人だそうだ。

「げええええっ。似合わないー!」
「そんなに言わなくても」
「何で……、あんなにヤル気なんだよ?お父さん……」 

 急に悠人の声色が落ち着いた。そっと視線を向けると、しっかりとした顔つきで、観客席を見据えていた。そして、口の端をきゅっと結んで、両手には拳を作っている。

 悠人は両親の離婚が決まったそうだ。久田さんは今付き合っている人と再婚する。このバンドコンテストを観に来て、悠人が音楽を続けることを認めれば許すと、悠人が言っていた。その条件を出した悠人は、こう言っていた。この年になって親の離婚に干渉する気はないが、恋人との間にできた子供を大事にしてほしくて、けじめをつけさせるのだと。

 悠人の口元が動いて、久田さんへ向けて話しかけた。決して聞こえる距離ではない。俺が隣にいることを忘れているのか、涙声が聞こえた。

(……お父さん。やり直すんだね。分かったよ。俺とお母さんじゃ居場所を作れなかったんだね。それを責める気はないよ……か)

 いくら仲が良くても、踏み込めない領域がある。今は何も聞かないようにした。

「ゆうとー……」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「人が多いね?」
「なつきーー」
「うん?」
「失敗しても大丈夫だよ!俺だって失敗するかもしれない。一緒に笑おうね!」
「……うんっ」

 悠人の表情がいつも通りに戻った。元気で明るいものだ。何かを決心したように感じた。悠人と拳を突き合わせて笑った。この瞬間、自分の中で何かが吹っ切れた。ここから観客席を眺めても、足元が震えないし楽しさすら感じるようになってきた。今日はやれる。強くそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※この物語はフィクションです。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。 ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

【完結】君を知らないまま、恋をした

一ノ瀬麻紀
BL
体調を崩し入院した篠宮真白(しのみやましろ)は、制限のある生活を送ることになった。 そんな中、真白は自由に走り回れるもう一つの世界を知る。 そこで過ごす時間は、思うように動けなかった真白にとって、大切なものだった。 仮想空間での出会いや経験を通して、真白の世界は少しずつ広がっていく。 そして真白が本当の気持ちに気づいた時、すべてが繋がり始める――。 ※ タイトル及びあらすじ変更しました。(2/10)

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...