アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 春から黒崎がさらに多忙になるだろう。2人で過ごす時間が減ることと想像した。俺は合格すれば大学生活が始まり、新しい居場所ができる。そうすると、すれ違いができて、一緒にいても不安になるかもしれない。俺はそう思う。黒崎も同じなのかも知れない。

「同じ気持ちなんだよ。新しい環境っていう波に押されると思う。それが、すれ違いだと思う。別の岸にたどり着くのかもって思うと不安だよ。対岸同士で見つめ合う状態になるんじゃないかってさ……」
「努力しよう。些細な誤解が、大きな溝になることがある」
「うん。軌道修正が出来なくなるのは怖いよ」

 この例えは、ママのことだ。黒崎家の当主の妻として切り盛りをした。どんなに頑張っても、親戚や周囲から、冷たい目を向けられていたそうだ。当たり前の事が出来ないとまで言われた。常にプレッシャーを感じて、心のバランスを崩したそうだ。その結果、黒崎家以外へ居場所を求めた。本当は息子である黒崎と一緒にいたいのに、うまく家事ができないことを引け目に感じたママは黒崎に対して遠慮がちになり、話しかけられなくなったそうで、黒崎は自分はママに嫌われているのだと誤解をしていた。

 モデルを引退した後、ママはウォーキング教室を開きたがっていた。自分の居場所になるはずだった。でも、お義父さんが許可しなくて、さらに閉じ込めてしまった。教室を開くことを応援する人が現れたのに。その話をお義父さんから聞いたとき、ママが体調を崩しがちだったからかも知れないと、黒崎がお義父さんのことをかばった。こうして新しい橋が架かってきて良かったと思う。するとその時だ。黒崎から頭をなでられた。そして、謝られてしまった。

「すまない。遊びに来たのに」
「いいんだよ。こうして話す時間は大事だよ。予習しておきたいからね」
「そう急いで大人になるな。……夏樹。こっちへ座れ。視線を動かさずにだ」
「……」

 ここの周りには危険がない。何も起きていない。でも、時々こうして、危険が近づいてきたときの練習をすることがある。黒崎の指示通りにした。これから先に役立つ訓練の一つだ。今の訓練は痴漢対策だ。遊園地でしなくても良いだろうと思ったけれど、今まで痴漢に遭ってきた以上、言い返すことができない。すると、黒崎が笑った。遊びに来たときにするなというのか?と言われて、自分が不満そうな顔をしているのだと分かった。こうして表情が読み取れない方が痴漢にはいいらしいけれど、今の自分には難しかった。

「夏樹。痴漢対策になるんだぞ?大学は電車通学をしたいだろう?」
「うんっ。あのさ……、観覧車に乗りたい。ね?」
「……何かあるだろう?」
「……プレゼントを渡したいんだ」

 そろそろ黒崎に渡したい物がある。ママ達と遭う前に。二葉と朝陽から預かった、沢山の手紙だ。ママが黒崎家から出て行った後、黒崎に何度も手紙を送ったそうだ。でも、お義父さんから送り返されてしまい、黒崎自身は読んだことがないそうだ。それをママは取ってあった。それを黒崎に渡したい。

 何かあるだろうともう一度聞かれた。あるとだけ答えた。デザートまで食べ終わった後、黒崎の背中を押して、観覧車乗り場へ連れて行った。
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