アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 ベッドに入って、黒崎が伊吹を連れて来るのを待っているところだ。喧嘩をしないかと心配すると、黒崎からこう言われた。大人だから喧嘩をしないし、人目がある場所では、険悪なムードすら漂わないそうだ。どこで誰か見ているのか分からないのが大人の世界であり、変な相手とは仕事をしたくないから、誰もがある程度の体裁を整えるものだという。それを聞いて安心した。

「なんか仲が悪いんだよね~。兄弟でも相性があるからな。あ、帰って来た……」

 玄関から物音がした。ベッドの傍に居たアンが寝室を出て、玄関へ走って行った。実家へ遊びに行った時、伊吹とは一度会っている。アンは人懐っこいから、彼とも仲良くなれそうだ。伊吹も会いたがっていた。

 ワン……ワン……ワン!

 ベッドから降りていると、アンが吼える声がしてきた。嬉しくてだろうか?それにしては、何回も吼えている。黒崎の話し声が近づいたのに、ちっとも落ち着かない様子だ。まるで黒崎のことを守るために思えた。すると、廊下から伊吹の声が聞こえて来た。

「アントワネット!俺は夏樹のお兄ちゃんだ!怪しい者じゃないぞ。そうか、俺の背後にオバケがいるんだろう?動物は敏感だからな。わあーーっ、お土産を渡したのにかー?」

 ガチャリ。寝室のドアが開き、アンを抱っこした黒崎と伊吹が入ってきた。そして、俺を見るなり伊吹が駆け寄って来た。俺のことが心配だったそうだ。芝居掛かって見えるのはわざとだ。黒崎に嫌みを向けているのだと思う。

「夏樹!そんなに具合が悪いのか……。咳と鼻水、顔だって熱い」
「もう大丈夫だよ」
「夏樹。伊吹君。アイスティーを用意してきた」
 
 黒崎がガラスポットごとサイドテーブルに紅茶を置いた。もちろんグラスも用意してある。いい機会だから、お互いに腹を割って話し合ってもらいたい。これを逃すと、しばらく会えないだろう。さっそく伊吹が話し始めて、俺の方を見て、黒崎が頷いた。伊吹の話し方は暑苦しさがある。黒崎は嫌がるそぶりを見せずに、根気よく伊吹の話に相づちを打ち始めた。
 
「夏樹はっ。元気に走り回っていますけど、けっこう体が弱いんです」
「分かっている。全て俺が送り迎えをしている」
「一人で行動することが好きな子だったんです。それなのに、どこにも行けない子になりました」
「……ロクなことがない。これからも一人にさせない」
「夏樹は、毎日の献立に頭を悩ませています。飲み会続きで、酒ばかり飲んで食べないからと、黒崎さんのことを心配しています。健気に夜食を用意しているんですよ」
「……いつも感謝している。愛おしい」
「夜食を用意したのに、あなたの夜の相手もさせられています」
「……無理をさせていないつもりだ」
「目の下のクマがあります。寝かせていないんですね!?」
「……寝かせている。夏樹が眠そうな夜は我慢している」
「少し痩せたように見えます。ヤリ過ぎているんじゃないでしょうか!?」
「……ああ、励んでいる」

 黒崎の方は呆れ返っているのに、伊吹は怯む様子がない。険悪なムードが漂っていないし、遊んでいるぐらいに見え始めた。その証拠に、二人は言い合いをしていない。伊吹が嫌味を向け始めても、黒崎は平然としている。ため息をつきつつも。黒崎の迫力に押されない伊吹のことを凄いと思った。

「伊吹君。夏樹と同じ顔をして、辛辣なことを口にしないでほしい」
「嘘がつけない性格をしますから。気に障ったのなら、すみません」

 伊吹が爽やかに笑った。黒崎こそ負けていない。眉ひとつ動かさずに、会話を続けている。

「そういう嫌みは出会った頃の夏樹と似ている。伊吹君からの悪い影響だったのかも知れないな」
「そう言って頂けると光栄です。日頃から言い聞かせてありましたから。危ない大人には、おちょくって追い払えと」
「どうりで。あの頃の夏樹とは大きく違うからな」
「でも、失敗しました。黒崎さんと結婚してしまいましたからね。他の手段を教えるべきでした」
「爽やかな笑顔で、なかなか言う」

 伊吹と黒崎が微笑み合った。伊吹の目は笑っていないのに、口元だけが笑みの形を取っている。とても微笑ましいとは思えない二人の会話を止めることにした。

「……お兄ちゃん。黒崎さんは外見がヤバくて中身もマズイけど、この家を守っているんだ。そんなに言わないでよ」
「そのキスマークの数だと説得力がないぞ」
「俺だけに向けられているスケベ心だからね。平気だよ」
「いや、待て。性欲が強いのなら、他の相手に手を出したことがあるのか!?」

 伊吹が大きく目を見開いた。まさか浮気をするわけが無いと思いながらも、モテている黒崎のことを思うと、すぐに否定できなかった。すると、伊吹が驚いた顔になった。そして、あったのかと言い出した。
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