アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 伊吹の暴走を承知の上で、今までのことを打ち明けることにした。事実を話さないと前に進まないことは分かっている。

「手を出すまでには至っていないよ。俺が食い止めたからね。誕生日プレゼントにはメッセージカードが入っているんだ。意味深な言葉と、ラインID付きでね。昔のデート相手に、バッタリ会うこと9回だよ」
「9回だと?同じ人に会うなんて、バッタリのレベルじゃないぞ!まだ続いているんじゃないのか!?」
「それがね。9回とも別の人なんだ。食事だけの付き合いの人が、常時7人もいたんだよ。ローテーションで会ってたんだからさ……。バッタリ会うよ。この10年間でデートをした人の数を割り出して、この街の人口と比べたんだ。お兄ちゃん、計算してみてよ」
「細かい計算が必要だ。書くものを貸してくれ」
「はい、これを使ってよ」

 ノートの最終ページと、シャーペンを渡した。すると、伊吹が計算式を書き始めた。そして、思案顔になりながらも、最後の答えを導き出すと、黒崎へ視線を向けた。

「黒崎さん。バッタリ会った9回は、少な過ぎますよ。夏樹と一緒にいる以外でも、会ったことがあるはずですよ」
「その可能性はある。相手の顔を覚えていないから、俺としては会った回数にカウントしていない」
「それは政治家手法ですね。会った事実は否定しないけれど、その人だと認識していないから、会ったことにはならない」
「本当のことだ。覚えていたとしても影響はない」
「ふうん。上手くかわしましたね。じゃあ、質問を変えます。夜の営みのペースを教えてください。夏樹の体を心配しているんです。答えてください」
「……分かった。毎晩だ」
「なるほど。時間は?」
「……どうしてそんなことを聞くんだ?」
「あなたの過去を参考にしました。7人の女性と関係を維持するには、かなりのペースで会う必要があります。頻繁にデートをする時間がないでしょう?……ホテルの部屋に呼び出す時もあったはずですよ?……そういう黒崎さんですからね。最愛の夏樹を相手にして、営みのペースが落ちるとは思えません。実際に痩せてしまった。心配なんです」
「女性とは食事をするだけの仲だった」

 黒崎が眉間に皺を寄せた。いかにも嫌そうな顔をしている。俺も聞いていて嫌になった。どうして家に呼んでしまったのかと後悔したが、腹を決めて乗り越える必要がある。人間関係を作る発想ができたのは、黒崎のおかげでもある。

 伊吹が本当に嫌っているなら、こうして訪ねて来るわけがない。夜の営みという冗談を持ちだすこともない。バリケードを取り払う荒療治にも思えるのは、ひいき目だろうか。黒崎から聞かされた話がある。恋人同士になった後、伊吹からこういう言葉を投げかけられたそうだ。辛辣な内容だから、申し訳ない気持ちになった。自分のせいもあるからだ。

(……あんたのことは信用できない。恋人を守った実績のない男には、まだ10代の弟を任せられない。体調を悪くさせるなら、一切近づくな。いつでも連れて行く。二度と会わせない。お兄ちゃん、はっきり言っていたなあ……)

「黒崎さん。質問に答えられないんですか?毎回の時間を……」
「30分では満足してもらえない。これ以上の表現を避ける。夏樹が泣く」

 だんだん視界がぼやけてきた。いくら心配をされているからと言っても、こんな話題を出されたくない。その原因を作った伊吹から抱き寄せられた。

 これ以上の言い争いを止めたくて焦っていると、伊吹が立ち上がった。そして、荷物の中から一冊の本を、黒崎に渡した。それを見て笑ったから安心した。

「できれば毎日続けてください。トーストのレシピ集です。簡単なものから凝ったものまでありますから、楽しめますよ。夜食にもなる。……夏樹、黒崎さんにも作ってもらえ。お前も作ってあげろ。けっこう面白いぞ?……これで失礼します。夏樹、ちゃんと寝るんだぞ?」
「う、うんっ」

 さっさと帰れ。その言葉を飲みこんだ。そして、2人が笑顔で見つめ合った。

「伊吹君、土曜日まで滞在するだろう。飲みに行かないか?」
「いいですね。行きましょう。ただ、明日の夜しか空いていませんけど……。夏樹が心配だから次の機会にしませんか?」

 このチャンスを逃したくなかった。2人が仲良くなれるかもしれない。

「俺のことは気にしないで。2人で行って来てよ」
「そうか……」
「お言葉に甘えるぞー」

 2人が飲みに行くことになった。伊吹が泊まっているホテルに帰ることになり、黒崎が下まで送ろうとすると遠慮された。忙しいから疲れているでしょう?と伊吹が言った。さっきまで暑苦しさのあった伊吹なのに、急に爽やかになった。これが本当の彼だ。さっきまでうるさい兄のふりをしていたのだと思う。黒崎が俺に微笑み掛けたから、同じことを思ったようだった。そして、俺達は玄関まで伊吹のことを見送った。
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