アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
134 / 283

18-6

しおりを挟む
 新居に到着した。外壁には足場が組まれて、大きな窓から家の中が見えた。沢山のシートが貼りつけられている。誕生日前から工事が始まり、庭のイメージは3月終わりに作っていたそうだ。

「ありがとう。こんなにしてもらって……」
「当然のことだ。これから住み続ける家だぞ。快適にしておきたい。一階のリビングなら入れる。庭はどうだ?」
「十分だよ。生活感があるよ。全体がおとぎの国みたいだね?」
「そのイメージだ。この樹がナツツバキだ。子供の頃、絵を描きに来ていた。白い花を咲かせていた」
「もう咲いているよ?ここにあるよ~」
「そうか……」
「あ、黒崎さん。ううん。何でも無いよ」

 今は何も言わないでおこう。黒崎が嬉しそうな顔をしているし、何か思い出そうとしている。その間に、家庭菜園の畑を眺めた。6畳ぐらいの広さだ。あれこれとイメージを膨らませた。

 何を育てるのかは決めている。九条ねぎとミニトマトだ。黒崎の好きな酢味噌和えを作る。ミネストローネには、自家製トマトを使いたい。プランターには、大葉やバジルを植えておく。いつでも使えるように。

 実家にいた時は、ここまで料理が好きではなかった。万理と2人でサンドイッチを作り、家族それぞれのランチボックスに詰めていた。面倒くさいな。そんな事も思っていたのに。

「食事は基本だね~。あんたが穏やかになったのは、栄養が取れたからかも?デートの食事だとね……」
「否定しない。苛めても構わない」
「ふん。そう言われると面白くないんだよね……」

 ノスタルジックな外観を眺めた後、家の中に入った。張り替えたばかりの、壁のクロスの匂いがした。写真で見るよりも広かった。

 リビングに入ると、テラスに面した暖かな空間があった。ゆったりした作りだ。大きな作りつけの家具が、あめ色に変わっている。この家に住んでいた、お義父さんの妹さんに会いたくなった。写真はないだろうか。

「妹さんには、本当に会ったことがないの?」
「ああ。この家にも来たことがない。絵を描きに来た場所からは近い。子供にとっては遠くだろう。……古い家具だが、いい物だから使える」
「懐かしい感じがするよ。マンションの家具、どうしようか?」
「持って来られるぞ。ピアノは隣の部屋に置く」

 リビングのテラスから庭に降りて行くと、さっき外から見た時とは印象が変わった。落ち着いた感じに見えた。そして、畑の周りを歩いて、どんなふうにするのかを話した。その度に黒崎が相づちを打って微笑んでいる。

「黒崎さ~ん。ここに九条ネギを植えるよ。トマトも。煉瓦道にはプランターを置くんだ。バジルと大葉。パセリもほしい」
「そうか。美味しい野菜が出来るだろう」
「うん。タワーマンションは景色が綺麗だけど、こうやって土の上に立つと、安心するんだよ。あーー、蚊に刺されたよ。庭の醍醐味だね~」
「子供の頃の自分に会ってみたい。22年後には戻って来ると教えてやりたい。エデンになっていると」
「それが面白いよ。あんたのは発想が豊かだね。どこに隠していたんだよ?」
「22年前に置いて来た。開封したばかりだ。……泣くな、冗談だ」

 泣くわけがない。こんなに素敵な場所へ迎えられて、家族になれるのだから。

「黒崎さーん。お義父さんを追い出すのかよ?3年後に海外へ……」
「ああ。そのつもりだ」

 この嘘つき。そう呟いて抱きついた。そのつもりがないのは分かっている。こんなに嬉しそうに笑っているのだから。

 さっそく庭の写真を撮り、悠人達へラインを送った。そこには、引っ越し予定は5月末だと書いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘つき王と影の騎士

篠雨
BL
「俺の役割は、貴方を守ることだ。……例え、貴方自身からも」 国の平穏を一身に背負い、十二年間「聖王」という偶像を演じ続けてきたセシル。 酷使し続けた心身はすでに限界を迎え、その命の灯火は今にも消えようとしていた。 そんな折、現れたのは異世界からの「転移者」。 代わりを見つけた国は、用済みとなったセシルからすべてを剥奪し、最果ての地へと追放する。 死を待つためだけに辿り着いた冬の山。 絶望に沈むセシルの前に現れたのは、かつて冷徹に王を監視し続けていた近衛騎士団長、アルヴィスだった。 守るべき王も、守るべき国も失ったはずの二人が過ごす、狭い小屋での夜。 無価値になり、壊れかけた自分を、なぜこの男は、そんな瞳で見つめるのか。 なぜ、そんなにも強く、抱きしめるのか。 これは、すべてを失った「聖王」が、一人の男の熱に暴かれ、再生していくまでの物語。

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...