上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

文字の大きさ
19 / 514

4-1 黒崎の誕生日

しおりを挟む
 12月10日、火曜日。午前10時。

 今日は動物園に遊びに来た。空は快晴、気温は普段通りだ。正面ゲートを入り、目の前に広がる自然と、動物の鳴き声に気持ちがほぐれた。マフラーを巻き付けて歩き進んだ。

 今日は黒崎の、37歳の誕生日だ。あっという間にこの年齢だと、感慨深そうにしている。休日は混雑するからと、黒崎が会社の休みを取った。毎年の楽しみだと話している。ぶらぶらと出かけるだけが、幸せだと笑っていた。

 車の中では大笑いをして、ここまでやって来た。ネタは一貴さんとユリウスの様子だ。俺達が出会った頃は、こうして大笑いすることはなかった。そういう意味で俺も感慨深い。もしかすると、黒崎も同じことを思っているかもしれない。

 クエーー、キュキュキューー。

 鳥の鳴き声が響き渡り、風に乗って、笑い声や会話が聞こえてきた。すると、アシカのコーナーに、人だかりが出来ている。

「黒崎さーん。カワウソと、アシカを観ようよ」
「ああ。おやつをあげなくていいのか?」
「あるんだねー。ふむふむ……」

 そばにある自販機へ歩いて行った。おやつが売っている。さっそく百円玉を2つ入れて買い、小あじが2匹ずつ乗ったトレーを持って、柵の方へ向かった。全部で6匹ある。ちょうど人だかりが消えて、二人で並んでアシカを眺めた。

 すると、アシカが俺たちに気づいて、見えやすい位置までやって来た。ジャンプしてだ。器用だと思っていると、前足で合図を送って来た。キャッチしやすい方に工夫して投げると、頭の方を向けて食べていた。それを見た黒崎が感心している。

「器用だ。お前とは反対だな」
「ふん。一度に二つ以上のことが出来ないって?料理以外はそうだよ……」
「そういう事じゃない。下を見てみろ」

 そこにはアシカの名前と、プロフィールが書かれていた。ナツキという子がいるそうだ。食いしん坊で、食べすぎ注意とある。さっきの子が”ナツキ”だと分かった。他のアシカは泳いでいるからだ。

「うひゃひゃ。小食のアシカはいるのかな?ユートって名前だと面白いね」
「いるぞ。一覧にある。大人しいそうだ」
「マジで ? ホントだ~。写真を撮るよ」

 さっそくスマホを向けて撮り、悠人へ送った。寝ているアシカがそうだろうか?すると、黒崎が小あじを見つめていた。いい魚だと言って。美味しいものを食べてきただけあり、目も肥えている。魚料理をする時は、決まった店で買っている。黒崎がうるさいからだ。

「ブリ大根が食いたい。まだだったろう?」
「いいよー。久しぶりだね。存在を忘れてたよ」

 そういう事にしていた。アラだけを買えばいいのに、黒崎は丸ごと一匹を欲しがる。さばくのは俺なのに。気づいたなら仕方ないと思っていると、手間が無いようにしろと言った。

「一匹は面倒だろう。刺身も焼き魚も、店で食べればいい。……どうしたんだ?」
「年を取ると違うんだね?……いててて」

 変わっていないじゃないか。言い合いをしながら、トラがいる方向へ歩いて行った。お互いに吼えないで済むように。この会話が楽しい。

 園内を歩き進んだ。トラが寝ていたから後ろ姿だけ見つめて、アジアゾウへ会いに行った。その間、さり気なく手を繋いで歩いた。手袋ごしが勿体なくて、暑くなったからと、脱いだ。直に温もりを感じて満足した。

「わああ……」
「こっちへ来い」

 水浴びしているゾウを見ていると、水しぶきが飛んできた。くすぐったい程度のものだからと油断していると、強めに飛んできて慌てて逃げた。

 手を繋いだままだから転びそうになり、黒崎に抱き留められた。自然と見つめ合ったから顔がニヤけた。照れ隠しの攻撃を阻止して逃げていくと、動物園医療センターの看板を見つけた。

「黒崎さん。先月のこと覚えてる?アンを連れて、病院へ行った時だよ」
「あのことか。ハムスターに噛まれた人だったか……」
「そうそう。飼い主さんが来たけど、先生が”人間用の病院へ行ってください”って、説明してた。パニックになったんだよねー?」
「お前も似たようなことがあったぞ。途中で転んで擦りむいて、”人間用の薬はありますか?”と言っただろう。笑うことはできないぞ」
「慌ててたんだよ~。忘れろよ……」

 背中を小突いてやり返していると、この先にカフェがあるのを見つけた。たしかパンダ系のスイーツがあったはずだ。ウサギもある。

 そう話しかけると、黒崎がAED設置場所のマークへ視線を向けていた。有難いと思いながら、気づかないふりをして、腕をグイグイ引っ張り、カフェに連れて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

薔薇摘む人

Kokonuca.
BL
おじさんに引き取られた男の子のお話。全部で短編三部作になります

処理中です...