上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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10-5(黒崎視点)

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 悠人のことを迎えに行こうとする、夏樹の後姿を眺めた。大人と子供が混ざった表情で俺達の方へ来て、悠人のことを迎えに行こうかと言う先輩に遠慮して慌てて首を振っていた。

 それを見て成長したと実感し、胸が痛くなった。16歳差なら当然の感覚だ。まだ高校生のようでもあり、年齢よりも大人びて見える時がある。こういう想いが浮かぶとき、沙耶から言われた言葉が脳裏によぎる。

(あの子が可愛いからだ……)

 過去に年上女性を好んで会っていたのは、面倒事が少ないからだ。初めて訪れるレストランからの夜景を観ながら、良いムードの中で、駆け引きある会話を楽しむのが目的だ。

 しかし、ある時を境にそれを打ち破られて、半ば子守りのような状況で、夏樹を追いかけ続けた。大泣きされては抱き寄せて機嫌を取り、憎まれ口に耐えて、いいことをした際には褒めていた。それは今でも続いている。

(そのおかげで、部下を育てることが好きになった……)

 黒崎ホールディングス時代は、決して好かれている社長ではなかった。問題を咎められることを恐れて、各部署が張り詰めた空気を作っていた。

 何でも社長の元へ迅速に報告させたことは正解だった。おかげで急成長を遂げ、黒崎製菓と対等な立場で交渉可能となった。その代償は大きかった。心許せるものがいない状況を、あえて望むようになった。

 夏樹に出会わずに、あのまま留まっていたなら、今頃はどんな心境だろうか?ささくれ立った心のままだったに違いない。そばにいる父の方もだ。

 数年前に父が入院した際には、息子の中では俺ひとりしか見舞いへ出向かなかった。親戚の中からは、”烏丸真琴の息子なら溺愛していたはず”だと、余計な囁き声が聞こえて来た。それだけ大切な存在を父が傷つけたのは、愛し方を知らなかったからだ。俺自身も分からない時がある。

「親父。5月から庭の世話を始めるのか?」
「晴海から聞いたのか。意外と身体を動かしていない。……キャッチボールも体験したい。相手をしてもらえないか?……ああ、指を使えないのか。怪我をするとピアノが弾けない」
「いつでも構わない。投げ方を知っているのか?」
「一貴と覚える。晴海が教師役だ。二葉とも遊んでみたい。夏樹ちゃんが誘ってくれれば……」

 言葉に詰まりながら、手元のタイムスケジュール表へ視線を落とし始めた。つい最近になり判明した件を、聞かないことにした。母のモデルスクールのスポンサーの件だ。

 早瀬の父である孝則氏へ持ちかけた際、快く引き受けてもらえた。しかし、それは俺からの頼みだけでなく、父が事前に、孝則氏へ頭を下げたからだと知った。

 母が父の元へ戻って来るわけがない。既にパートナーを見つけているからだ。男女の仲になっているかどうかは別として、支えを必要とした結果、その相手が現れた。母のモデルスクールで役員として働いている男性であり、年末のホテルでも、母に同行していた。えらく親しげだと感じていた。

 年末にホテルで会った時、母の方から話があった。恋人がいるのだと。自分の勘が当たったことを知った時、母に呆れた。2年間、倉口と離れていただけで、そんなにすぐに気持ちが変わるのか?と。しかし、すぐに思い直した。暴力の問題で引き離しておいて、なんと勝手な発想をしたのかと。

 そして、母はこう言った。倉口は2人の父親であり、感謝している。あなたには別れないと啖呵を切ったのに、こうなったことは言い訳しない。わたしは弱い人間で、支えを求めた。二葉のことは分からない。朝陽のことは、あなたの面影を重ねて育てた。甘いことは分かっている。ごめんなさいと、最後は頭を下げられた。俺は何も言えなくなった。

(人の気持ちは不思議だ……、か)

 ふと、新曲EDENの歌詞を思い出した。夏樹が歌詞を書いた楽曲だ。

 人の気持ちは不思議だ。恋愛は厄介だ。なくても普通の生活は送れる。こんな想いをするのなら、もう要らないよ。

 夏樹はどんな思いでこの詩を書いたのだろう。恋愛の相手だけとは限らないだろう。

 俺は一体どうしたいのか?温かな日常を手に入れた。夏樹がそばにいるだけで満足していたが、いつの間にか欲が出てきた。世間で言えば恵まれているに違いないのに。

(こうするか……)

 本日のタイムスケジュールを思い出し、あることを思いついた。朝陽が午前のバイトを終えて、大学の寮へ帰る時間が近い。バレンタインイベントへ呼ぼうと決めた。ここからイベント会場までは近い。

「親父。朝陽をイベントへ誘う。たまには息抜きが必要だ。今から迎えに行ってくる」
「そうか。夏樹ちゃん達のことは任せておけ」
「ああ。助かる」

 二年前の件が忘れられない。朝陽が友人達と同じイベントへ訪れた際に、俺の名前を出して社員達へ横暴な振る舞いをしたことがある。呆れ半分で、大して叱りつけなかった。あれが失敗だったのか。

(バイトは真面目にやっていないが、たまにはいいだろう……)

 先に夏樹のことを迎えに行こうとすると、タイミングよく戻ってきた。顔を赤くした悠人と2人で、手にはソフトクリームを持っている。さっそくこの話をすると、笑顔で送り出してもらえた。いってらっしゃい。会場で待っているよ、と。
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