上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 仲のいいのは良いことだ。そうフォローされたが、完全に世界を作っていたから恥ずかしい。黒崎がピアノを弾いている時、背後から抱きついて耳を傾けていることが多い。その感覚でいたようだ。この礼拝堂内が涼しくてよかった。恥ずかしくて顔が熱い。

 タオルハンカチで顔を拭いていると、黒崎から腰を抱かれて椅子に座らされた。広いから、二人でも大丈夫だ。何かあるのかな?と見上げると、手を握られて、鍵盤へ指を促された。

 さらに耳元で低い声が響き、頬へ息がかかった。プルっと震えたのは条件反射で、この先の展開を期待していない。それなのに、エスカレートしている気がする。

「黒崎さーん。誘惑するなよ~」
「弾き方を教えてやる。三河さん。この形状だと……」
「こちら側が反応して……、音が広がります」

 なるほど。仕組みの話をしているのか。俺が鍵盤を押した後、音の広がりを聴いているからだ。安心して促されるがままに押していると、ふいに強く握られた。そして、指を絡める仕草をされて、指の間をくすぐられた。俺の弱いポイントだ。さすがにやり過ぎだと思い、軽く足を蹴ってやった。

「夏樹。やめたら聴こえないだろうが」
「そうだけど。自分で押せよ~。離れた位置から眺めたいからさ。せっかくだし」
「ここにいろ。出るときに眺めるといい」

 腰を抱くようにして、椅子に押し留められた。これ以上、スケベじじいぶりを披露させたくない。そう思っていると、黒崎が真面目な顔で弾き始めた。

 この楽曲は讃美歌だ。温かな音色が響き渡り、礼拝堂内の空気が変わった。演奏するだけで大違いだと思い、振り返って全体を眺めた。同じように眺めていた三河さんが、俺の方を向いた。

「こういうのっていいね。非日常体験だよ」
「そうだね。お邪魔虫は退散するよ」
「……ありがとうございました。また弾かせてください」
「こちらこそありがとうございました。はははは」

 三河さんが豪快に笑い出した。こんな事をしなくても、奪い取りませんよと。つまりは気づかれていたということだ。黒崎の密着ぶりを。黒崎が意地悪そうな笑い声を立たことで、あっさりとそれを認めた。

 気兼ねしないとはいえ、もっと大きな問題がある。こういう場所で、欲にまみれた心を披露するなという話だ。

「すけべじじいは退散しろよ。あんたの弾いた曲は、そのまま俺の心境に当てはまるよ~」
「私の嘆きを聴いて下さい、という意味合いだったか?」
「分かっているなら、やめろよ~っ」

 今度は俺が黒崎のことを引っ張った。綺麗なステンドグラスを背景に言い合いをしていると、そういえばと、三河さんから声をかけられた。全く動じていない。

「プロモーションビデオに映っていた教会は、エアフルトにある大聖堂じゃないか?」
「そうだよ。さすがに詳しいんだね。特徴があるのかな?」
「外観が一瞬だけ映ったから分かったよ。そこのクリスマスマーケットに行ったことがある。大聖堂と教会をバックに、ライトアップされて綺麗だったよ。有名な都市は他にあるけど……」

 フランクフルトや、ベルリンを選ばなかったのか。とても古い都市だとは聞いている。もっと話そうとしたら、けっこう時間が経っていた。これ以上は邪魔になるだろう。ちょうど訪ねて来た人がいたから、また来ますと声をかけて、礼拝堂を出た。
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