上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 19時。

 今夜の晩ご飯の支度が、すぐに終わった。作り置きおかずがメインで、九条ねぎの酢味噌和えだけを作った。味噌汁は、悠人が宣伝に出ている、”キシヤマ”のインスタントにした。これが美味しくて、技術の向上が進んでいるなと思った。

 テーブルに料理を並べている時に、黒崎がアンを連れて入って来た。お義父さんの家で遊んでいたから、迎えに行っていた。キシヤマの味噌セットも持って行く用事があった。ところで、アンの前足と体が茶色くなっている。

「おかえり。あれ?泥だらけだねー?」
「昨日の雨が残っていた場所を走らせた。後で洗ってやる」
「すぐに洗って来てよ。本人も嫌だと思うよ。はーい。お願いしまーす。なんだよ?二人で結託するなよ~っ。後にしたら泥が落ちなくなるし、散らかるからさ」

 アンが眠たそうにして、後にしてよと言いたげに見上げてきた。向こうで晩ご飯を済ませて来たから、後は寝るだけだ。そうはいかない。黒崎の背中を押して、リビングから出してバスルームに向かわせた。その後ろ姿を確認して、キッチンへ戻った。

 すると、テレビ画面が切り替わり、動物番組”マーリン先生”が始まった。俺の歌う挿入歌がある番組だ。主題歌のイントロが聞こえてくると、マーリン先生が草原を走っているシーンが流れた。

 この主題歌は、RETORIというバンドのボーカルが歌っている。一年半前に結成したが、ベースが脱退するから、解散になるかもしれない。バンドメンバー同士のトラブルが絶えないからだと聞いた。

 そのベース担当が、須賀大和すがやまとという知り合いだ。同じミュージックスクールに通っているし、バンドコンテストでも一緒になった。

 気が合うのに付き合いがないのは、大和が所属していたレコード会社や事務所からの指示だった。IKU関連の奴とは親しくなるなというものだ。俺達と同時期に始まったバンドだから、ライバル視されていたと知った。IKUを拒んでいるようだ。

(同じ時期のデビューって、いくらでもいるのにな。もっとすごい人がいるし……)

 佐伯久弥という存在があるから、余計にそうなったのだろう。音楽をやめると言った大和のことを説得したのが、その久弥だ。IKUへの移籍が決まり、サポートメンバーとして活動を始めると聞いた。本人が嬉しそうにしていた。

「よかった。これで話が出来る……」

 テーブルへ料理を並べ終えた頃、アンの足音が聞こえてきた。洗い終わったのか。そろそろ食べられそうだ。キシヤマの味噌汁へお湯を注ごうとすると、ポットが反応しなかった。蓋を開けると、お湯が湧いていない。

「あれ?故障したのかな?昨日は何ともなかったのに。ああー、黒崎さん!ちょうどいいところに……」
「どうした?沸かすのを忘れていたのか?」
「ううん。動かなくなったんだ。お湯も沸いていないよ」

 さっそく黒崎がキッチンへ来て、ポットを眺めて即答した。コンセントが入っていないぞと。今年に入って2回目だと、一言のおまけ付きだった。俺がすることだから不思議ではない。そう自覚しているが、意地悪そうな苦笑いに、イラッとした。

「たまにだろ~。アンの足元を洗えないくせに。逃げられてさ……」
「今日は大人しくしてもらえた。眠いからだ。拗ねていないで食べよう。挿入歌を聴きたい」
「ウンウン。そうだねえ」

 記念すべき日に喧嘩をしたくない。そそくさと、晩ご飯を食べ始めた。
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