上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 お互いに恥ずかしい思いをしたはずなのに、黒崎はえらく上機嫌になっている。蕁麻疹だと誤魔化して、アレルギー反応だと騒がせたのに。そもそも襟元からは見えない位置だと知った。黒崎が教えてくれたからだ。

 そして、みんなが俺のことを見ていた訳も聞いた。たどたどしい姿が微笑ましく映ったのが、視線を向けられた理由だった。安心して気が抜けて、床に座りたいぐらいだ。チーフから謝られて、さらに汗が出た。

「僕が勘違いしたので。ありがとうございます」
「丁寧な方だ。想像よりも……。常務、失礼しました」
「気にしないでくれ」

 とても嬉しい言葉をもらった。チーフははっきり言う人だと思うから、お世辞など入っていない。どういうわけか、それが分かる。今日ここに来るのは末っ子のお坊ちゃんだから、何か覚悟していたのかな?いや、黒崎の秘書時代の話を聞くと、彼の方がよっぽど丁寧だと想像できる。晴海さんも同じはずだ。周りから舐められた程だと聞いた。

 可愛がられている末息子だから、横柄な態度を取るかもしれない。そこまで思われていたのか?”丁寧な方”だと、それこそ丁寧に表現された。サラッと。

(えーーっと。余計なことは言わないこと。控えめな笑顔で。え?また笑われた。どうして?)

「……笑っている理由か?気にするな」
「はい。お騒がせしました。せっかくのアイスクリームが溶けて、すみません。残さないように頂きます。……凄いなあ。あまり溶けていない。カチコチじゃないのに。ソーダがサクサクだ。どういう技術ですか?いただきます。はあー、美味しいなあ」
「美味しそうだね。貰ってもいい?一緒のカップを食べていい?」
「はい、どうぞ。……新しいスプーンがあるよ。はいはい」
 
 聡太郎と分け合って食べた。おかわりが欲しいねと呟くと、相田さんから差し出された。試作を始めて、半年かかったものだと教えてもらった。こうして自分の作ったものが喜ばれるのか。ご馳走さまでしたと、手を合わせた。

 枝川さんも仲間入りして、グレープアイスを食べていた。サクサク感が伝わってくる。室長と黒崎以外が食べ始めて、空の容器が増えていく。

「おおー、2人で完食か。ソータが、ソーダを食べたのかーー」
「面白くないよーー」

 聡太郎が枝川さんの足を蹴ったから、周りが緊張した。俺の方も同じで、ハッと我に返った。いくら聡太郎でも、ここでは先輩だ。挨拶が遅れたし、相田さんから二杯目をもらった。失敗続きだ。これがスタジオ内なら、大変なことだ。

 気を抜きすぎた事を謝ると、ぽかんとして見つめられた。室長が笑って首を振り、リラックスしろと声を掛けられた。

「よっぽど厳しい世界にいるんだね。一挙一動が見られているのか?」
「いえ。身に着いていないと、事務所が恥をかきます。もちろん僕自身も」
 
 空の容器を片づけて、トレーに乗せた。どちらへ?と声をかけると、どっと笑いが起きた。そして、枝川さんからツッコミが入った。嫌味な笑い方で。

「桜木君。君は去年の新入社員だぞ。見習いたまえ。容器を片づけて。……黒崎君、話があるから座っていてくれ。常務に何か言ってくれないか?この後で酷い目に遭わされそうだ」
「ネクタイの件ですね。常務、あのー」
「……どうした?」

 さっと、周りに緊張感が走った。これが仕事中の姿なのか。怖い顔をしていないし、家の中よりも柔和な顔をしているのに、黒崎が迫力満点だ。慣れているはずの俺でもビビった。
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