上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 黒崎がお義父さんの肩を抱き、ソファーへ座らせた。そして、その前に膝をつき、同じ目線の高さになった。お義父さんの両目が、真っ赤に充血している。こういう2人の姿を見たことがない。ぶっきらぼうな言い方をする素振りもない。
 
「お父さん。今まで強がっていたのか?」
「……」
「こんなに、弱い人だったのか?」
「……」
「強くても弱くても、どっちでもいいだろう。答えを出すな」
「圭一……」
「俺は居なくならない。副社長の件は……」
「そうだ……」

 なるべく顔を見ないようにした。2人だけの時間が流れているなら、深川さんのお伴をしておく。ごく自然な流れの一部として。

 拓海さんの写真の前に並んで立ち、今日のことを話題に出した。背後からは、黒崎の話し声が聞こえている。落ち着いた声のトーンを心地よくて、深川さんから背中をさすられた。

「夏樹君は、両方に似ている。ロビーを歩いている時は、黒崎常務だ。普段は拓海君だよ。圭一君とは似ていない。分かるか?」
「はい。お父さんも、圭一さんも……。お揃いで強がっていますね」
「やっと呼んであげる気になったのか?下の名前で」
「やめておきます。可愛いイメージになるから」
「大して変わらないだろう?」

 本当は振り向いて、2人のことを見ていたい。その代わりに、写真の中の拓海さんが見守っている。黒崎とよく似た眼差しで微笑んでいる。そして、右側の目の色が濃い青だと気づいた。

 深川さんの方から教えてくれた。拓海さんは子供の頃にコンプレックスを抱えていたが、純白叔母さんが、”いっそう優しい子に見えるわ”と、声をかけた。その後から自信が出て、よく笑うようになったそうだ。

 15歳年上の純白さんは、拓海さんにとって憧れの存在であり、副社長就任当日には、秘書を務めたそうだ。

 黒崎は叔母さんのことを覚えていない。叔母だと紹介されなかったのは、黒崎家の中心にいる自分が可愛がることで、余計な目を向けられると判断してのことだった。たまに様子を見に行った時は、拓海さんの知り合いだと言ったそうだ。喘息で入退院を繰り返していた分、会う機会が少なかった。

「圭一君が12歳の時に、純白さんは副社長を退いている」
「黒崎さんも、ママも……。拓海さん、純白さん……。みんな、あの家にいたんだ」
「圭一君を常務のポストから、そのまま社長へ就かせたかった理由でもある。副社長に就いた時、何か悪い事が起きてはいけない。拓海君のことがある。それを恐れたからだ。ここへ呼ぶ時は、副社長のポストを提示したが、嫌な予感がしたそうだ……」
 
 泣いてはいけない。深川さんが、2人から見えないように立ってくれた。君が泣いていると心配して、こっちに来るからねと。うん。子供みたいに返事をした後、並んで掛けてある2人の写真を見つめた。視線の先には黒崎達がいる。覆い隠さない位置まで移動した時、会話が聞こえきた。
 
「俺が守ってやる。大船に乗っておけ。好きなことをやれ」
「お前は……、下の方だ。無理をするな」
「この年で兄弟の順があるのか?……ああ、そういうものか」
「……え?」
「……ははは」

 お義父さんからの嫌みのようなものなのに、黒崎が本気で受け取ったのが面白くて、吹き出すのを堪えきれなかった。深川さんが隠してくれたが、同じように肩を揺らし出して、大笑いをしてしまった。その後、黒崎が怖いからだと口実をつけて、廊下へ逃げ出した。これでゆっくりできるねと話しながら、フロア内を散歩した。
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