上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 ーー新副社長が、ステージでピアノ演奏をする。その話が出席者の間に知れ渡り、司会者がアナウンスをする前から、会場内が盛り上がったそうだ。長谷部さんが部屋へ戻って来た後、教えてもらった。

 代替え機材の取り付け作業がスムーズに進み、いつでも出られるように、スタンバイをした。すっかり和んでいるから、打ち上げの話まで飛び出して来た。

 控え室からピアノ演奏を見させてもらう。そのモニター画面に映り込でいる男性の姿を見ては、胸の鼓動が高鳴っている。黒崎との共演が叶った。

 この部屋とパーティー会場は隣同士だ。しかも、ステージの隣になっている。高いステージから見ると段差があり、モニター画面ではないとステージを見られない。透明ガラスで仕切られているが、今はロールスクリーンが下げられているからだ。ステージが始まれば、透明ガラスを通しても、この部屋は見えないことになり、スクリーンを上げる。下からにはなるが、黒崎のことが見られる。

「かっこいい~。黒崎さん……。釘付けになるよねえ……」
「なつきー、本番になったら、そこのロールスクリーンを上げてくれるそうだよ。タイミングが良かったら、もっと見えるよーー」
「うん。……すみません。行きまーす」

 スタッフに呼ばれた。タイミングよく演奏を繋いで、ピアノ演奏からEDENが始まるような演出方法が決まった。当初のイメージとしては、ラフな感じを想定したそうだ。あくまでも内輪の集まりであり、スポンサーをやっているバンドを呼ぶのは、突拍子のない話ではない。アットホームな感じでもいい。そういう話だった。

 久弥の判断でこうなった。俺達には伏せておき、緊張感を高まらせたのが真相だった。プロとしてやる以上、気合いを入れさせる為だと聞いては、お礼を言うしかない。

 発破を掛けられてプレッシャーを感じたのに、嬉しくて堪らない。それは自分だけだろうか?メンバーへ振り返ると、ずいぶんとリラックスしている。悠人が久弥へ文句を言い始めて、笑いが起こった。

「腹痛のアイデアの時、えらく喜んでいたんだよー。おかしいと思ったよー。これで黒崎さんが引き受けなきゃなくなるって思ったからだろーー」
「ぎゃははは。俺への恨みをぶつけて、スッキリしておけ」

(そんなことは出来ないよ。ごめん。後方支援を撤退ぐらいに思って……。もっと良くなるためのステップだったんだね。そう思った。ありがとう……)

 言葉に出さないようにした。なんて失礼な話をしたかと恥ずかしくなった。久弥というギタリストは、TDDの船に乗せるメンバーを見つけた後、指揮官として、次の岸を目指している。こぎ手兼任から指揮官一本になり、3月からは船の操縦室へ入る。レコーディング収録の時と同じだ。

 どうして怖くなったのかな?あっという間に、自分を取り巻く環境が変化した。4年生に上がる手前は、ネガティブになった。デビューする時の方が怖かったはずなのに、もう忘れてしまった。

 水を飲んで気持ちを落ち着かせていると、久弥から抱きつかれた。俺には一番いい方法だと言いながら。だから、本音がぽろっと出てしまった。分かっているぞと笑われて、恥ずかしくなった。

「あのね……。変化に弱くなったんだ。強いかと思っていたよ」
「向こう見ずな一面が、和らいだ証拠だ。自分一人でやれない責任感も出た。いいじゃないかー。……俺なんか、声帯を痛めた後で気づいて慌てた。理久に言うなよ?ソンケーする兄貴の立場がなくなる。……黒崎さんがクッションになって、ずいぶんと不安が減ったはずだ。どうやって強くなったか、酒を飲んで話を聞きたい」
「大歓迎だよ。久弥と話をしたがっているもん。忙しいから遠慮しているんだよ。今日の帰りに、会う日を決めようよー。そうしないとねえ、実現しないと思う。ウンウン。……スケジュール調整するよ。長谷部さーん。スマホを下さーい」
「はーーい。黒崎さんの予定調整?」
「デートのセッティング。うへへ……」

 目ぼしい日時をピックアップすると、早瀬さんが吹き出して笑った。黒崎の秘書をやっていた時代に、是非とも欲しい人材だったと言い出した。

 本人がテコでも動かないから、自由に動き回ってくれる人を欲しがっていたという。すると、控え室が笑いに包まれて、ステージ前の緊張感が、別のものへ変わった気がする。
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