上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 さっそくTシャツを脱がしにかかってきた。マットレス化にしているくせに、両足を巻き付かせて、体勢を変えられた。再び天井を見上げている状況だ。また落ちたくない。黒崎がはしゃいでいるように感じた。

「あんたね。紳士的な人から、10代の子に戻ったわけ?ああ、顔までそうなっているよ。タイムスリップした?」
「リッターラグナ就任の頃を思い出した。大学時代は騒いで遊んでいない。こうやりたかった」
「前に言っていたね。つき合い程度の飲み会へ行ったんだよね?大ぴらに騒げないから、ストレスが溜まっただろ?」
「ハニートラップ的なものが無かった分、まだマシだ。やり遂げたいことがあったから、ストレスを受けなかった」
「ホッとしたよ。嫌なことがあったのかな?って、よぎったんだ。聞かせてよ」
「もちろんだ。みっともない話だぞ」

 頬や額にキスを受け取った。そっと目を閉じると唇を啄まれて、温かいものに言葉を奪われた。ほんの軽い触れ合いだから、背中がゾクゾクせずに済んだ。

 今日はのんびりできるから、かえって良かったと思う。さあ話してもらうぞと、今度は俺がマットレス化してやった。背中をポンポンと叩かれたから、どっちがあやしているのか分からない。

「リッターラグナの社名を記事に使わなかったのは、どうして?変な事は起きていないんだよね?ドイツの会社は動いているし」
「お前と出会うまでは名前を出していた。だが、恥ずかしくなって伏せた。自分がやったことに対してだ。……代表就任後、リッターラグナの本社へは、一度も足を運んでいない。ビデオメッセージのみで、効率化を計る口実を使った。22歳だった。舐めてかかるに決まっている。最初から会わずにいれば、会社の一本化が進みやすい」
「どうして最初から国内の会社を選んでいないの?……そうか。3年後には海外へ放り出すぞって、お義父さんに話していたよね?もしかして、放り出されたの?」
「その通りだ。合併をやり遂げた後、レストラン事業を承継する条件を出された」
「あの記事だと、同時期に始めたって書いていたよ?……合併が2か月で終わったの?マジで?」
「決定したのが2カ月後だ。レストラン事業と合併準備を並行して進めた」
「全然恥ずかしくないじゃん。俺が関係しているって?」
「……ああ、こういう理由だ」

 まずはお義父さんに負けたくなかった。この家で叶えられなかった温かい食事の場を作ることで、欲しいものを手に入れようとした。

 リッターラグナの本社に出向かないまま合併を決定させたが、混乱した社員と家族がいるはずだ。それを考えなかったのは、効率を求めるのは当たり前だと思っていたからだ。出向いて話をしたとしても決定させていただろうが、向き合わずいたことが、後になって恥ずかしくなったそうだ。

「お前を暮らし始めて、社員と家族はどうだったかと考えた。雇用と勤務地は変わらなくても。……今年の1月末に、合併したドイツの会社が表彰された。安心と信頼のブランドだという、お墨付きも貰った。何かの役に立てたから、お前に話せた」
「14年越しの成功だよ。どんな言葉を出せばいいのか分からないよ。お疲れ様、頑張ったね、沈まないでね。すっきりした?」
「みっともなさは消えないが、感謝している」
「俺のおかげ?そんなことないよ……。んん……くろ……」
「幸せだ。ご褒美に抱きたい」

 頬に熱い息がかかった。手首を軽く握られて、優しくソファーへ押し付けられた。もう抵抗しないと呟くと、黒崎が起き上がり、上半身を脱いだ。

 意地悪そうな笑顔を向けられたことで、作戦に引っかかったことが分かった。なだめるようにキスをされて、優しく触れられた。大好きだよ。面を向かって言うと、下唇を引っ張られた。ムードが台無しだと苦笑しながら。
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