285 / 514
21-11
しおりを挟む
当時17歳のバーテルス氏が、日本へ一か月間の留学をした。その時に、早瀬の両親を訪ねて、父親のことで謝罪し、その後で父と拓海兄さんを訪ねた。どうして息子が謝るのか。それは、父親に反省の色が感じられないことが理由だった。
「俺が産まれた当時、拓海さんが実父の会社を潰そうとしていたんだろう?それを隆さんが食い止めた」
「私的な感情で動くなと指示を出したそうだ。俺の方は潰す力がない。お前と同じように、指にタコがあるのを見たことがある。楽器を弾く人だろう。そして、俺と同じように、何かを諦めた人だと思った」
「そうか……。連絡が来た時、会いたいと言われた。俺は会う気はないと答えた。バーテルスさんとは、親しく付き合いたい。ノア君ともだ。とてもいい子だ……」
そうか。あえて相づちのみを返した。感情が落ち着くのを待ちたい。あの当時、フェリックス氏が来日する度に、両親へ向けていた怒りが重なった。それを心の底に沈め込み、リッターラグナの代表として交渉を進めた。
早瀬が珈琲を飲み終えた。俺の分まで片づけようとするのは几帳面なのか、秘書時代を思い出したのか。入って来た秘書へ頼み、片づけてもらった。
「ありがとう。二日の休暇で、疲れが取れたよ。さっきの話も落ち着いた」
「何か話してくれ。何でも構わない」
「……インターンの講義を思い出したよ。山岡君と話している間、圭一さんが講義を担当したやつだ。ソフトクリーム好きの学生の件だ。……美味しいものがあるから連れて行くと声をかけられて、車に乗ってしまった話だ。……圭一さんが、”知らない人の車に乗ったら駄目だ” って言った時、会場内に笑いが起きた。……あれで辞退する方向へ進んだと言える。あの言葉も告げておいた」
「”君のことを知っている”、か……」
読者モデルとして、表に出ていようが関係ない。何を知っているのか具体的に含まずに、ただそのフレーズを向ける。相手には漠然とした不安が起きて、その場から離れる。その後は、戻って来ないことが多い。これは黒崎家で習ったものだ。
「落ち着いてきたか?……ギタリスト祭典のことだが、悠人君の控え室で、夏樹が取材を受ける。場所を変えずにだ」
「長谷部さんが頼んだ。悠人が夏樹君を放っておけなくて、そっちの方に気を取られるからだ。ははは。アカペラを披露してもらえるのか?」
「本人はそのつもりだった。悠人君は本番に強くなっただろう?顔つきが違う。……ああ、母のことか?」
「……どうだった?」
こうして向かい合うと、また当時のことが思い出された。黒崎ホールディングスのオフィスで過ごした頃は、こういう話題が出ることすら、頭になかった。それがあるからこそ、淡々とではなく、柔らかく受け止められた。
「母から昔の話が聞けた。……俺は愛されていたが、両親が見舞いに来なかった事実がある。お前のことを家族に迎えて、家族としてやり直したかったそうだ。そこまで思うなら、多少は俺に関わっていただろう。……一家を代表して、兄さんが見舞いに来た。そう思うことにした。……今後のことだが。母とは意見が反対だ。朝陽のことは分かっていると拒まれた。あの男性との付き合いを続けている。二葉に誘いをかけたと知ってもだ」
「……二葉君が落ち込んでいた。昨日、退社後のロビーで見かけた。お母さんから電話が入ったようだよ。もう連絡を取らさないようにした方がいい……。差し出がましいね。ごめん」
「……命令したくないが、母に釘を刺す。二葉にも命令する。助かった」
”長い夢を見た、そう思ってもいい?今だけはそう思っておけ”。そう二葉と言葉を交わした時、夏樹が唇を嚙みしめていた。その時、夏樹が俺に言った、入院先に拓海兄さんが代表して来てくれたのだろうという言葉を思い出した。夏樹自身もそう思うことにしたのだろうと感じた。
夏樹には悠人が寄り添ってくれていた。以前、悠人が俺に話してくれた。両親とのことは過去です。今は家族に囲まれていますからと。
「……ああ、夏樹からだ。……”トーク収録が終わったよ。パーティーの映像が流れたんだ。ああやって映っていたんだね。あんたはステキだった”……」
「俺の方も入っている。じゃあ、また明日!」
早瀬が副社長室を出た。その後ろ姿を見送った後、送られた画像を保存した。夏樹が顔を赤くして、メンバーと顔を寄せ合い写っていた。ここで一息ついた後、残りの仕事を片づけた。定時で帰り、迎えに行くために。
「俺が産まれた当時、拓海さんが実父の会社を潰そうとしていたんだろう?それを隆さんが食い止めた」
「私的な感情で動くなと指示を出したそうだ。俺の方は潰す力がない。お前と同じように、指にタコがあるのを見たことがある。楽器を弾く人だろう。そして、俺と同じように、何かを諦めた人だと思った」
「そうか……。連絡が来た時、会いたいと言われた。俺は会う気はないと答えた。バーテルスさんとは、親しく付き合いたい。ノア君ともだ。とてもいい子だ……」
そうか。あえて相づちのみを返した。感情が落ち着くのを待ちたい。あの当時、フェリックス氏が来日する度に、両親へ向けていた怒りが重なった。それを心の底に沈め込み、リッターラグナの代表として交渉を進めた。
早瀬が珈琲を飲み終えた。俺の分まで片づけようとするのは几帳面なのか、秘書時代を思い出したのか。入って来た秘書へ頼み、片づけてもらった。
「ありがとう。二日の休暇で、疲れが取れたよ。さっきの話も落ち着いた」
「何か話してくれ。何でも構わない」
「……インターンの講義を思い出したよ。山岡君と話している間、圭一さんが講義を担当したやつだ。ソフトクリーム好きの学生の件だ。……美味しいものがあるから連れて行くと声をかけられて、車に乗ってしまった話だ。……圭一さんが、”知らない人の車に乗ったら駄目だ” って言った時、会場内に笑いが起きた。……あれで辞退する方向へ進んだと言える。あの言葉も告げておいた」
「”君のことを知っている”、か……」
読者モデルとして、表に出ていようが関係ない。何を知っているのか具体的に含まずに、ただそのフレーズを向ける。相手には漠然とした不安が起きて、その場から離れる。その後は、戻って来ないことが多い。これは黒崎家で習ったものだ。
「落ち着いてきたか?……ギタリスト祭典のことだが、悠人君の控え室で、夏樹が取材を受ける。場所を変えずにだ」
「長谷部さんが頼んだ。悠人が夏樹君を放っておけなくて、そっちの方に気を取られるからだ。ははは。アカペラを披露してもらえるのか?」
「本人はそのつもりだった。悠人君は本番に強くなっただろう?顔つきが違う。……ああ、母のことか?」
「……どうだった?」
こうして向かい合うと、また当時のことが思い出された。黒崎ホールディングスのオフィスで過ごした頃は、こういう話題が出ることすら、頭になかった。それがあるからこそ、淡々とではなく、柔らかく受け止められた。
「母から昔の話が聞けた。……俺は愛されていたが、両親が見舞いに来なかった事実がある。お前のことを家族に迎えて、家族としてやり直したかったそうだ。そこまで思うなら、多少は俺に関わっていただろう。……一家を代表して、兄さんが見舞いに来た。そう思うことにした。……今後のことだが。母とは意見が反対だ。朝陽のことは分かっていると拒まれた。あの男性との付き合いを続けている。二葉に誘いをかけたと知ってもだ」
「……二葉君が落ち込んでいた。昨日、退社後のロビーで見かけた。お母さんから電話が入ったようだよ。もう連絡を取らさないようにした方がいい……。差し出がましいね。ごめん」
「……命令したくないが、母に釘を刺す。二葉にも命令する。助かった」
”長い夢を見た、そう思ってもいい?今だけはそう思っておけ”。そう二葉と言葉を交わした時、夏樹が唇を嚙みしめていた。その時、夏樹が俺に言った、入院先に拓海兄さんが代表して来てくれたのだろうという言葉を思い出した。夏樹自身もそう思うことにしたのだろうと感じた。
夏樹には悠人が寄り添ってくれていた。以前、悠人が俺に話してくれた。両親とのことは過去です。今は家族に囲まれていますからと。
「……ああ、夏樹からだ。……”トーク収録が終わったよ。パーティーの映像が流れたんだ。ああやって映っていたんだね。あんたはステキだった”……」
「俺の方も入っている。じゃあ、また明日!」
早瀬が副社長室を出た。その後ろ姿を見送った後、送られた画像を保存した。夏樹が顔を赤くして、メンバーと顔を寄せ合い写っていた。ここで一息ついた後、残りの仕事を片づけた。定時で帰り、迎えに行くために。
0
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる