上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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 強い風が吹き込んでショールがはためき、一気に視界が広がった。今がチャンスだ。振り返ろうとすると、至近距離に悠人の顔があった。キスをしそうだった。やると悲鳴を上げられそうだから、踏み留まった。悠人も同じ反応をして、一時停止中だ。

「な、なんだよーー。嫌がるなよーー」
「悲鳴を上げるじゃん。この騒がしいところで、ビックリされるだろ。君の声は響きが良いからね~」
「もうーー。こっちに来いよ。うひぇ、わわわ……」

 ショールが悠人の顔に当たった。芝生近くの低い段差につまづいてヨロけた結果、手を繋ぎっぱなしだから、2人まとめて尻餅をついた。こういう時は離せよと言い合って、吹き出して笑った。

 黒崎が振り向いて苦笑いをしている。そんなに心配ない事だったのか?ホッとして立ち上がりかけて、黒崎の向こうから名前を呼ばれた。すると、久弥が動いて視界を遮った。

「……夏樹君!」
「……だれ?」
「……誰もいない。ほら、向こうでかき氷を食べてこい」

 久弥から背中に庇われた。藤沢が移動して、久弥の隣に立った。そして、一貴さんが黒崎の隣に移動した。神仙教授がどこかへ連絡している。どうも教務課のようだ。もめ事になっていないのに。

 何をするべきかと思いめぐらせて、悠人のことを背中に庇った。ギタリストの腕を怪我をしないようにする。

「ゆうとー。あとで慰めてね。庇われているから悲しいよ」
「俺の方も庇われているよ。見るなって。隠れていろってーー」
「夏樹君!こっちだよ、久しぶり!」
「え?」

 男性にしては高めの声が聞こえて来た。さーっと記憶が甦り、あの大学生のものに重なった。あの七夕の日に車で俺のことを連れ去ろうとした、山岡達也だ。

 すぐにストールから顔を出して外見を確かめたが、遠目だからなのか、本人だと思えない。しかし、両腕を後ろに回して立っているのは同じだ。黒崎達の反応を見て分かった。

「……夏樹君と話したいんですけど」
「……そういう子はいない」

 胸の鼓動が強く打った。再会した時のことを想像して不安になっていた。いつの間にか頭の中からいなくなっていたのに、すぐに思い出して、ドキッとした。

(何もない……。びっくりしただけ……)

 この反応だけで終わった。それはそれ、これはこれだ。さっきの悠人のセリフそのものだ。過去は過去、変えられないもの。今の自分はあの時とは違う。それが身に着いていた。開明高校で習ったことだ。

 あんな記憶が蘇ったのに、俺は悠人と押し合いをやっている。ろくな用件で来ていないはずなのに、だんだん緊張感が薄れてきた。

 当時なら考えられないだろう。今日がイベントで良かった。黒崎が穏やか表情で向かい合い、世間話をしているかのように見える。達也が無言のままで立っていることだけが不気味だ。それすらも淡々と受け止められた。

(一人じゃないもん。弱いからさ。こうやって守られているから、強気でいられる。ありがとう……)

 こんなに大勢に見られているのに、達也は平然として見えた。俺だけを眺めている。そして、やっと話し始めた。

「懐かしいから話したくて。知り合いがデビューしたんですよ?声ぐらいはかけたくなります。TDDのヴォーカルでしょう?」
「取り込み中だ。……君の名前を教えてくれ」
「山岡達也です。インターンシップでは、お世話になりました」
「そうだったか?数が多くて覚えていない。失礼した。他に伝えることは?」
「……もちろんあります。夏樹君の昔のことを知っている。中学時代の噂、どんな人から告白されたのか、どんな断り方をしたのか。正門まで追いかけられるのは、優等生の笑顔で惹きつけていたからです。……TDDのナツキとはイメージが違う。SNSで広まっても、そうなのかって、レベルで終わりますよ。興味を持った奴は調べまくるから、騒がしいかもしれませんね?」
「そのままを伝えておく」
「他にも色んなことを知っています」
「……それも、伝えておく」

 達也は俺のことで噂を広めると言って笑っているだけだ。何か要求するのか?中学時代の喧嘩した相手とは両成敗で、話し合いを進めて綺麗に解決してある。達也とも解決済みだ。
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