上弦の月の天使~結ばれた約束の夜

夏目奈緖

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24-1 夏の噴水

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 8月3日、土曜日。午前4時半。

 空調の効いた涼しい部屋が気持ちいい。そっと寝返りを打って窓へ視線を向けると、遠くの方の空が白み始めていた。もうすぐで夜明けがくるのか。壁の時計を見て納得した。もう起きてもいいのに、またベッドに身体を沈み込ませたのは、敷いている冷涼マットが気持ちいいからだ。

 使い始めて一週間になる。スーパーの隣のホームセンターで見つけて買って来た。テレビでも紹介されて人気商品になり、店頭にない時期があったそうだ。そこへ、タイミングよく在庫が入った時に行ったから、すんなり買えたわけだ。ネットでも予約待ちになっているのに。

 こういう小さなラッキーが起こる。人気のかぼちゃ食パンをゲットできたり、厚焼き玉子サンドの売り切れ間近に、お店へ着いたりする。ソクラテス食堂では、人気メニューを食べている確率が高い。ほとんどが食べ物系だ。いかにも俺らしい。

「うん……。気持ちいいなあ……。パラソルハンガーもよかったし。あれも買いに行こうよ。……クーリッシュ・パラソルセットを立ててさ……。ふああーー」

 まだ黒崎が寝息を立てているようだ。話しかけても反応がないし、無意識のうちに抱き枕にもされなかった。やっと熟睡できたようだ。

 6月のギタリスト祭典から、一か月半が経った。あの後から、黒崎製菓では慌ただしい日々が続いていた。新体制が大きな波に乗り、ここまで突っ走ってきた。

 ずっと前から準備していたカフェ事業と、シャルロットキッチン二号店の成功も大きい。他の関連企業がタイアップを申し込んで来たし、テレビ番組での紹介もあった。今度は新しいCMを打ち出す。やっと落ち着いてきた頃だ。

(黒崎さん、ちょっと変わったなあ。大人になった。前からそうなのに……)

 黒崎の雰囲気が少し変わった。MIDSHIP店頭の、”迷子歓迎します”というポスターを見たからだろうか。そういう気がしている。本人は大げさだと笑っていたが。

 その時に否定しなかったから、半分は当たっているだろう。こういう事に影響されない人だったのに。一貴さんも同じことを話していた。そして、晴海さんは鼻で笑っていた。ーー”迷子っていいなと思ったんだろう。ガキであることには変わりないぞ”と。愛がある。

 もう一度寝返りを打って黒崎の方へ向くと、重い腕がのしかかってきて抱き寄せられた。さっと包み込まれて、黒崎の胸の上に持ち上げられた。お風呂上りにそのまま寝たから、上半身は何も着ていない。自然な仕草で頭を撫でられて、とても気持ちがいい。

「……おはよう。早いな」
「うん。目が覚めたんだ。こっちも気持ちがいいよ……」
「誘っているのか?5年早いぞ……」
「誘っていないよ。暑くなったから……、腕を外してよ」
「外さない。暑がれ……、こっちだ」

 黒崎が覆いかぶさって来た。薄暗い庭に取り付けた灯りが弱くなったのが分かった。夜明けが始まっている。ぼんやりしていると、誘うように目元へ唇を押し当てられた。こっちを向けと言っている。

「はいはい。起きるよ。休みだからさ、ゆっくり寝ててよ。そんなにお腹は空いていないだろ?」
「……空腹だ。激しくしない。……どうだ?」
「知らないよ~。午後から空港へ行くし……」
「それまで構わないだろう?……叩くな。もう起きておく。心配するな」

 黒崎が起き上がった。首を傾けて髪の毛をかき上げて、同じように窓の外を眺め始めた。気だるげに目を細めて俺の方を見たから、今更のように胸がドキッとした。こんなに細かな仕草を見ていることが恥ずかしい。
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