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今から始める業務は、営業企画部内のもめ事の件だ。恋愛のもつれという。枝川課長が対応に当たっており、ここへ報告に来る予定だ。その件とは別として、桜木にも同行して来てもらう。いよいよ退職日が近くなり、会社側の立場として様子を聞きたい。どういう企業だったのか。やり残した感のある仕事があるのかを。
コンコン。
秘書から来訪者が告げられた。開けっ放しのドアをノックするのは省いていいと言ってあるが、マナーだと言って譲らない。4月に経営企画部から異動してきた、多田という社員だ。
元は営業企画部の秘書チームに配属されていた。いわゆる畑違いの部署へ配置されて、うまく業務をこなすことができず、半年で異動になった。こういう件が起きると、同僚社員がネガティブに反応して余波が起こる。些細なミスや喧嘩だ。大所帯ならではの光景だ。
「枝川課長を通してくれ。桜木君も一緒に」
「はい!……お入りください」
「……ありがとう。桜木君もだぞ」
「……失礼します。副社長、すみませんでした。僕が余計なことをして、もめごとが大きくなった気がしています。……課長、それで僕も呼ばれたんですよね?」
「……桜木君。あけすけに言うな。聞こえているぞ」
あっけらかんとした話し声の主は桜木だ。彼が退職すると知るとや否や、近い年代の社員達の、面倒くさいグループが”元気になった”らしい。その中の一人が、今回のもめ事の片方だ。桜木の退職は関係ないのだが、この変化が起きて気持ちが揺らぐのも、大所帯の光景だ。前に進もうとしている同僚を見て、漠然とした焦りを覚える。
「忙しいところをすまない。多田君は秘書室へ戻って構わない」
「……失礼いたします」
隣の秘書室へ戻る間際、桜木の方を見た。さっそく本題に入る。副社長が恋愛のもつれの件に関わるのは、広報部の部長が相手だからだ。営業企画部の社員と痴話喧嘩をしていたということだ。オフィス内に争いを持ち込んできた。枝川から報告を聞き、どこまで解決したのかを知った。人事を動かす必要はない。
「……現段階での報告は以上です。橋本部長にフォローを依頼します。中野課長だけでは収まりません」
「しつこい部長だ。いや、広報部長の方だ」
「部下の処遇はいかがでしょうか?素行がいいとは言えません。仕事上ではなく、同期や後輩社員をいじめています。桜木君も被害を受けました。……そうだろう?気にしていないのか」
「……恋愛の件は、お咎めなしで構わない」
「本人に伝えます。退職の意志があります。恥をかいたこと、普段の行いが原因で、オフィスに味方がいないからです。覚悟を決めていると話していました」
「彼の業績はどうだ?」
「ミスをしていません。一度も……」
「退職の意思は本人へ任せる。ついでですまないが、プライベートとして、佐伯理久君のことを聞きたい。うちに入社する意志がありそうか?サエキ酒造の交換社員としてが希望か?」
「……最近は連絡を取っていませんので、僕の方では分かりかねます」
意外な答えが返ってきた。先月から、理久が開発部でのインターンを始めた。今度のことで話を聞いたところ、本人からの意思があいまいで定まっていないと感じた。ここで質問を終える。
最後に桜木の方を向いた。一切の迷いが感じられない表情をしている。少なくとも、自分が見た限りでは。
「……まだ早いが。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。こちらでの経験は……、かけがえのないものです。後戻りするなら、こちらへ戻りたいです」
「もちろん歓迎する。君が戻る頃には緩やかになっている。ありがとう」
「僕の方からも感謝することばかりです。内緒にしないとだめですか?昔の後悔の話を聞かせて下さったから、今回の大きな選択ができたので」
「伊吹君が一番の存在だ。彼との話し合いで決めた。そうだろう?……明後日のイベントで会おう」
二人が会釈して部屋を出た。そっと引き出しを開けて、透明のケースを取り出した。夏樹から預けられた、ステンドグラス風の指輪が入っている。その時に、”あなたが持っていて”と頼まれた。黒崎さん。あんた。普段の呼び方ではなかった。
そっと引き出しを閉めた時に、夏樹からラインの返信が入った。ビールを多めに飲んでいいよと書かれている。とっさに笑い声を飲み込んで、仕事の続きに取り掛かった。
コンコン。
秘書から来訪者が告げられた。開けっ放しのドアをノックするのは省いていいと言ってあるが、マナーだと言って譲らない。4月に経営企画部から異動してきた、多田という社員だ。
元は営業企画部の秘書チームに配属されていた。いわゆる畑違いの部署へ配置されて、うまく業務をこなすことができず、半年で異動になった。こういう件が起きると、同僚社員がネガティブに反応して余波が起こる。些細なミスや喧嘩だ。大所帯ならではの光景だ。
「枝川課長を通してくれ。桜木君も一緒に」
「はい!……お入りください」
「……ありがとう。桜木君もだぞ」
「……失礼します。副社長、すみませんでした。僕が余計なことをして、もめごとが大きくなった気がしています。……課長、それで僕も呼ばれたんですよね?」
「……桜木君。あけすけに言うな。聞こえているぞ」
あっけらかんとした話し声の主は桜木だ。彼が退職すると知るとや否や、近い年代の社員達の、面倒くさいグループが”元気になった”らしい。その中の一人が、今回のもめ事の片方だ。桜木の退職は関係ないのだが、この変化が起きて気持ちが揺らぐのも、大所帯の光景だ。前に進もうとしている同僚を見て、漠然とした焦りを覚える。
「忙しいところをすまない。多田君は秘書室へ戻って構わない」
「……失礼いたします」
隣の秘書室へ戻る間際、桜木の方を見た。さっそく本題に入る。副社長が恋愛のもつれの件に関わるのは、広報部の部長が相手だからだ。営業企画部の社員と痴話喧嘩をしていたということだ。オフィス内に争いを持ち込んできた。枝川から報告を聞き、どこまで解決したのかを知った。人事を動かす必要はない。
「……現段階での報告は以上です。橋本部長にフォローを依頼します。中野課長だけでは収まりません」
「しつこい部長だ。いや、広報部長の方だ」
「部下の処遇はいかがでしょうか?素行がいいとは言えません。仕事上ではなく、同期や後輩社員をいじめています。桜木君も被害を受けました。……そうだろう?気にしていないのか」
「……恋愛の件は、お咎めなしで構わない」
「本人に伝えます。退職の意志があります。恥をかいたこと、普段の行いが原因で、オフィスに味方がいないからです。覚悟を決めていると話していました」
「彼の業績はどうだ?」
「ミスをしていません。一度も……」
「退職の意思は本人へ任せる。ついでですまないが、プライベートとして、佐伯理久君のことを聞きたい。うちに入社する意志がありそうか?サエキ酒造の交換社員としてが希望か?」
「……最近は連絡を取っていませんので、僕の方では分かりかねます」
意外な答えが返ってきた。先月から、理久が開発部でのインターンを始めた。今度のことで話を聞いたところ、本人からの意思があいまいで定まっていないと感じた。ここで質問を終える。
最後に桜木の方を向いた。一切の迷いが感じられない表情をしている。少なくとも、自分が見た限りでは。
「……まだ早いが。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。こちらでの経験は……、かけがえのないものです。後戻りするなら、こちらへ戻りたいです」
「もちろん歓迎する。君が戻る頃には緩やかになっている。ありがとう」
「僕の方からも感謝することばかりです。内緒にしないとだめですか?昔の後悔の話を聞かせて下さったから、今回の大きな選択ができたので」
「伊吹君が一番の存在だ。彼との話し合いで決めた。そうだろう?……明後日のイベントで会おう」
二人が会釈して部屋を出た。そっと引き出しを開けて、透明のケースを取り出した。夏樹から預けられた、ステンドグラス風の指輪が入っている。その時に、”あなたが持っていて”と頼まれた。黒崎さん。あんた。普段の呼び方ではなかった。
そっと引き出しを閉めた時に、夏樹からラインの返信が入った。ビールを多めに飲んでいいよと書かれている。とっさに笑い声を飲み込んで、仕事の続きに取り掛かった。
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